重く吐いた息が白い事に気付き、ああ、冬なのだな、と寒さを感じた。人間とは単純なもので、自覚した途端に身体が震え指先が小刻みに揺れる。

いったい、自分はこれで何度目の冬を迎えたのだろうか。

誰に問いかけるでもなく、重苦しい灰色の雲で埋め尽くされた空を仰ぎ見る。寒さにカタカタと震える腕を抱き込むように摩ってみても、一向に暖かくならない。

寒い。

熱でもあるのではと疑いたくなる程に真っ赤に染まった耳は、千切れてしまいそうなほどに冷たくジンジンと痛む。唸りながら冷たい両手で耳を覆うと、それをすり抜けて耳の横から小さな白い欠片がはらはらと舞ってくる。ハッとして灰色の空を見上げると次々とふわりと何かが降りてくる。桜の花びらだろうかと思い手のひらを広げると、それは手に触れた途端に跡形もなく消えてしまう。

「雪、か」

どおりで、寒いわけだ。
寒いというのは、こんなにも胸のあたりがぽっかりと空いた感覚を覚えるものだっただろうか。
とめどなく優しく降る雪が少しずつ髪、肩、睫毛に積もっていく。ふるふると首を振るとそれに合わせて自分のまわりで雪が舞う。

寂しい。なぜだかそう感じた。
自分は今、たったひとりこの世界に取り残されている。誰もいないのだ、と。そんな事を考えたことはこれまで一度もなかったのに。

もう私はひとりではない。強く自分に言い聞かせる。
声をかけてくれる、見捨てずにいてくれる、笑いかけてくれる、皆がいる。
仲間に出会って、暖かさを知ってしまったから、ひとりになると寒さに震えるようになってしまった。小刻みに震える身体をさする。

白い雪と灰色の空。周りを見渡しても誰もいない世界。
寂しい。こわい。ひとりは、もう、嫌だ。
目頭がぐっと熱くなり、嗚咽に似た声が小さく漏れそうになる。

「終夜、こんなところにいたのね」

名を呼ばれたかと思うと、ふわりと優しく包むような花の香りが鼻を掠める。暖かくて柔らかなものが頬に触れ、それがマフラーであると気付くのに些か時間が掛かった。虚を突かれうまく言葉が出てこない。

「何をしているの?風邪引くわよ」

撫子が心配そうに私の顔を覗きながらマフラーをぐるぐると首に巻いていく。
まだ残っていたぬくもりに縋るように鼻先を埋めると、安堵の溜息が漏れる。

「撫子、このマフラーはそなたの物か」
「いいえ、理一郎のよ。教室から終夜がそんな格好で立ってるのを見つけて、心配してたのよ、理一郎」
「別に心配はしてない。見てて寒くなったから言っただけだ」

撫子のすぐ後ろで、首元だけやけに寒そうな理一郎と目が合った。
「自分で渡すのが気恥しかったみたい」耳打ちするように言って、くすくすと撫子は嬉しそうに笑う。

「…恩に着る、理一郎」
「…今日だけだからな」

ぶっきらぼうな言葉に見え隠れする理一郎の優しさが、冷えた心をじんわりとあたたかくして、無意識に笑みが零れる。

「殿ー!ぼーっと立ってたら雪だるまになっちゃうよ!」
「ねぇ、終夜。先生に許可もらって、おしるこ作ったんだ。みんなで食べよう」
「安心してください、鷹斗さんには指一本触れさせていませんので問題ありません」

息継ぐ間もなく皆が好き勝手に話し続けている。気付くと、指先の震えはもう止まっていた。

「お前、真っ赤な鼻しやがって、トナカイかよ」
「むぅ…!何をするのだ寅之助…!」

呆れたように笑う寅之助にぎゅっと力強く鼻を摘まれ、文句を言いながらヒリヒリとする鼻の頭をおさえる。
ああ、あたたかい、手だ。

「ほら、早く行くぞ、寒い」
「理一郎ったらせっかちね、おしるこは逃げないわよ」
「人ががっついてるみたいに言うなよ」
「あはは、楽しみだね」
「食べ終わったらみんなでかまくら作ろー!その中でお餅焼いてみたかったんだよねー!」
「かまくらを作るには雪が少なすぎるのでそれは無理だと思います」
「では雪だるま作りに精を出そうではないか!」
「さみぃからもう外に出たくねえんだけど」
「猫はコタツで丸くなるんだもんね」
「喧嘩売ってんのか?海棠」

何故だか、また涙が出そうになった。寂しいとか、悲しいという感情ではない。
さっきまで空っぽだった胸が今ではあたたかいもので満たされ、今にも溢れんばかりである。
このあたたかさを、私は、手放したくないのだ。

「寒い日は、みんな一緒だとあったかいよねー!」
「暑い日はどうするのだ?」
「えー?みんなで汗かいていっぱい遊ぶのが一番じゃないかな!」
「汗はかきたくない」
「なんだかんだで楽しみにしてるでしょう、理一郎」
「理一郎は素直じゃないよね」
「うるさい」

皆と作った雪だるまも、降り積もった雪も、いつかは解けて消えてしまうだろう。
それでも、いくつ季節をまたいでも、消えない何かがある事を、私はもう、知っている。





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