ずっと遠くのほうから微かに鳥の鳴き声が聞こえ、目を閉じていてもなんだか眩しくて目蓋を強く擦る。
ああ、もう朝なんだ。まだ完全に目覚めていないぼんやりとした頭で考える。

「う…さむ…」

ひんやりとした朝の空気に身を震わせ、もぞもぞとふとんを手繰り寄せて布団のぬくもりに縋る。気持ちいいなあなんて思っていると、階段を登る音が耳に届き、手放しそうになった意識が戻ってくる。規則正しいその音を聞きながら、カーテンの隙間から漏れる光がきらきらと舞っているのを眺めていると、やがて足音は僕の部屋の前で止み、控えめなノック音が聞こえてくる。円だ。
ぱちぱちと瞬きをしてから、ふと考える。

僕はまだ起きていない。僕はまだ夢の中。

そう暗示を唱え、ふとんで口元まで覆い隠した。

「入りますよ、央。朝食が出来たのでそろそろ起き…って、なんだ、起きてたんですね、珍しい。いつも自分で起きてくれると助かるんですけど」
「………」
「央?」
「オキテマセン」
「…はぁ…何言ってるんですか」
「………」
「央」

嗜めるような円の声に、もう後戻りは出来ないぞともぞもぞとふとんに潜り込んで口を開く。

「いつもの、してくれないと起きれない」
「何言ってるんですか…まったく」

呆れられちゃったかな。もぞりとふとんから顔を出して円の姿を捉えようとするけれど、存外近くにいるもんだからびくりと肩を揺らす。

「あ、れ、まど」

少し起き上がった僕の肩をベッドに沈めるように押し付け、円の顔が近づいて来る。
何度も見慣れたはずの円の瞳の色にどきりとして、咄嗟にぎゅうと目を閉じると同時に、唇に柔らかな円のそれが触れる。
ふわりとカフェオレの甘い香りがして鼻腔をくすぐった。
円の指先が頬を滑るように撫でていく。優しくあたたかな両手に包まれている。それが僕をすごく幸せな気分にさせる。

「まどか、まーどか、起きたよ、もう起きた」

ちゅ、ちゅと唇だけでなく額や耳、首筋に円がキスをする。それがくすぐったくて身動ぎをして、思わず笑ってしまう。

「…ふ、はは、ねえ円、今日の朝ごはんは何?」

寝癖のついた髪を掬っている円の手の甲に自分の手を重ねると、手の平を合わせるように指を絡ませてきた。
まるで子供が一生懸命指を掴むように、円の指をぎゅっと握ったり離したりして遊んでみる。

「前回央にダメ出しを食らったフレンチトーストですよ。言っておきますけど、合格するまで毎朝作りますからね」
「えぇー!?毎朝かあ〜」
「文句があるなら、央が早く起きて作ってくださいよ」
「…こうして起こしてくれるなら、いいよ」

部屋に広がる朝の光が円の髪を照らす。きらきらしてるなあ、と眩しさに目を細めると、ちゅ、と唇が触れてすぐに離れた。

「お望みならば、いくらでもしてあげますよ」
「ん…じゃあ、もう一回」
「なーんて、言うとでも思いましたか。もういい加減遅刻しますよほらさっさとベッドから出てください」
「なんだよ〜円のケチ」

あっさりと身体を離してしまって背中を向ける円。見えないと分かっていても、ちぇ、と唇を尖らした。パジャマのボタンを外し始めると、何かを思い出したのか円が踵を返す。

「そうそう言い忘れてたんですけど」
「ん?なに?」

ベッドに腰掛けたまま円を見上げる。円の指先が僕の首筋をするりと撫でて、耳元に口を寄せ囁く。

「帰ってきたらもっとしてあげますから、今は我慢してくださいね」
「な、う、あ」

低い声にぞくりと身体が反応し、パジャマに添えていた手が止まる。パクパクと口を動かしていると、面白そうに円が笑い、また背中を向けた。
ぱたんと静かに扉が閉まり、ハッとする。呼吸することすら忘れてたみたいだ。ごろりとベッドに転がって顔を手で覆う。顔、すごく熱いな、なんて思いながらため息が出てしまう。

「お兄ちゃんは、円にドキドキしっぱなしで悔しいよ〜…」

熱く火照った頬を両手で押さえながら、どうしても考えてしまう。

円の指先の感覚を。肌に触れる円の息の熱さを。伝わる鼓動の速さを。

思い出して恥ずかしくなっていたたまれなくなって、余計に身体を丸める。
仕事が終わって帰ってきてからのことに期待しながら、こうして僕の一日が始まった。





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