長い一日の授業をようやく全て終え早々に帰宅準備を整える。
教室から出ると、昇降口に近付くにつれて気温が下がっていく。
室内は暖房完備のため寒さを感じないが、外に出た時の事を考えると身震いし、無意識に学ランの下に着ているパーカーを引っ張り出して首を埋める。
外に出たら寒いんだろうなあと嫌でも視界に飛び込んでくる銀世界に肩を竦めた。
粉砂糖でもかけられたように木々が白く覆われ、ちらちらと空から落ちてくる雪が目に映る。
いつまでもこうして外の景色を見ていたって仕方がない。溜め息を吐き、覚悟を決めて室内履きを手に取った。その時。

「ト、ラ、くーん!」
「うぅおっ」

英の声が聞こえたかと思うと、背後から体当たりを喰らい、先程手にしたばかりの靴があやうく手から離れそうになる。
それだけでなく、雪ですっかり濡れてしまった昇降口の床に靴下で着地しそうになったもんだから、ぐるりと振り返り英を睨みつけた。
そんな事にも臆せず、英がにっこりと満面の笑みを向けてくる。

「トラくんひとりで何踊ってるの?」
「てめえのせいで落ちそうになったんだよ」
「ふーん。ねえねえそんな事よりトラくん!一緒に帰ろう!」
「ほんっと話聞かねえのな…。うるせえな。んなでけえ声出さなくても聞こえるっつーの」
「えー?これでも普通に喋ってるつもりなんだけどなあ」
「おいおいうそだろ」

頭に響いてくるその声に呆れながら、なおも耳元で話し続けようとする英を黙らせようとその弾力のある頬を片手で挟み込んだ。
ぎゅうと指先に力を込めると、それに従って英が「う」と唇を突き出す。
そのあまりにも気の抜けた顔に思わず吹き出すと、不思議そうに英は小首を傾ぐ。

「ひょらきゅん?」
「ぶふっ…っく、なんだよおまえ、そのツラ」

英の額をど突き、その指をそのまま制服のポケットに突っ込んだ。
靴の爪先を数回床で叩き、英に背を向けるようにて足早に歩き出すと、慌てて靴を履いてパタパタと追いかけてくる。

英の真意は定かではないが、こいつとお付き合いとやらを始めて数週間が経過していた。
あの日から世界が大きく変わったわけでもなく、気が付いたら帰り道に英がついてくるようになったくらいでこれといって何も変わらなかった。
むしろ何も変わらぬ世界に、ああこんなものかと少しだけ失望した。
それからは毎日毎日、飽きもせずに帰宅時になると英が突撃してくるの繰り返し。よくも続くものだ。
初めて帰りに英が付いて来たとき、弟はどうしたよ、となんの気なしに聞いてみた事があった。
初等部の頃からこいつが毎日弟と帰宅していたのを知っていたから、あいつがいないなんて珍しい。
「円は生徒会があるから」とだけ言われた。オレとしてもそれ以上は興味がなかったから「ふうん」とだけ返して会話はろくに続かなかった。
そうだ、弟と言ったら。

「そういやさあお前、弟に言っただろ」
「ん?何を?」
「いや、お前とオレが、あー、なんつうか」
「付き合ってるって?」

実感もない上にあまり言い慣れていない単語だったもんだから、「まあ…、それ」と言葉を濁す。
恥ずがしげもなくよくも言えるなと素直に感心する。
つーか付き合うってなんだよ。

「円には言ってないよ」
「この前すげえ勢いで睨まれたぞ」
「最近視界がぼやけるって言ってたから、それじゃないかなあ」

孫の仇みたいにこっち見てたけどな、と言うと英は何それ、と眉を下げ無邪気に笑う。
こいつのこの余裕はどこからくるのだろうか。
女子と付き合った事もないしな、と隣を歩く英を盗み見る。
こいつは女子と付き合った事ってあんのか?
そういう話は聞いた事ねえけど。そもそも付き合うって何するんだ?
キス?すればいいのか?いや無理だろ。

「トラくん、何?僕の顔に何かついてる?」
「なんでもねー」

どうやら凝視しすぎていたようだ。
英が慌てふためきながら自分の手で頬をぺたぺたと確認し始め、ぷいと顔を背けた。
目のやり場に困り視線を下に落とし、靴が雪をさくさくと踏む音に耳を傾けると、「そういえばさ」と英が口を開く。

「そういえば、今日トラくん珍しく体育の授業出てたね」
「寒くてだりぃっつってんのに、海棠に引っ張られたんだ。つーかなんで知ってんだよ」
「僕の席、窓側だから」
「あっそ」

「オレも見たぞ、教師に教科書で頭殴られてたとこ」と言いかけて、やめた。
わざわざ英の教室を見上げてた、なんて言ったらこいつはどんな反応をするのか。
考えるのも億劫で口をつぐんだ。

「でもほんと、今日寒いねー」
「おー」
「手袋忘れちゃったし」
「へーえ」

吐く息が白く泡のようにふわふわと浮かび、ちらつく雪を目で追った。
何かを言いたそうに指を胸の前でもじもじとさせている英を横目に、あったかいの飲みてえなと考えながら肩を縮こませ小さく「さみ…」と呟く。

「と、ととら」
「とととら?」
「トラくん!」
「んだよ」
「手を!繋いでもよろしいでしょうか!」
「歩きづらくね?」

思ったままを言葉にしたら、目に見えて落胆し英が肩を落とす。
何が楽しくて男なんかと手を繋がなくちゃいけないのか。
「僕たち付き合ってるのに…」と泣き真似を始める英を見て、頭をかいてため息を吐く。
前言撤回。こいつも余裕があるわけじゃねえんだ、とそう思うとなんだか笑えた。
手くらいなら、まあいいか。

「ん」
「え?」
「手。出せよ」

寒さから逃れるためにポケットに突っ込んでいた手を外に出すと、冷たい外気に触れ一気に熱が奪われていく。
差し出した手の意味を理解したのか、英は眉を下げてふにゃりと笑う。

「へへ」
「なんだよ気持ち悪ぃな」
「あったかいなーって思って」

悪くは、ない。そう思った。
言ってやるのも癪だから、一生言わねーけど。






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