土の中



黒々と大きな瞳が風間を見つめた。大きな熊手を持つ手は小さく、ぎゅっと握りしめる指は細い。
幼さを残す柔い頬の輪郭を、寒さが僅かに赤く染めていた。
「なんのご用でしょう?」
「土方の首を取りにきた」
「それは…とても会わせるわけにはいきません」
「貴様の許可など要るか。通せ」
「困ります。一旦こちらへ」
瞬き一つせず言って、風間を部屋へ通した。
殺風景な畳の上に直に座る。そこは千鶴が普段寝起きしている部屋だ。
押し入れの中からずるずると煎餅のような座布団を引っ張り出してきて、渡される。
風間はその上に踏ん反り返って懐を探った。千鶴は年頃の女にしてはあまりに飾り気のない部屋で、風間の向かいにぽつんと座ったままもぞもぞと懐を掻き回す様を見ていた。
「やろう」
油紙を取り去って千鶴の鼻先に突きつけられたのは間抜けな顔をして棒に刺さった鶴だった。
「…まあ、可愛い」
千鶴は目を瞬かせて、しみじみ言った。その幼い手のひらよりも僅かに小さい大きさの鶴の、柄を風間から受け取ると、くるくると回しながら興味深げに眺めた。
可愛い。
もう一度呟く。
一通り幸せそうにながめた後、ふうと小さく息をついて立ち上がった。
静かに襖を開けると乾いた秋風が入り込んできた。
暫くすると庭から、さく、さく、と土を返す音がする。
それを暫く聞いてから、風間は重い腰を上げた。
「馬鹿が」
「はい?」
「それは飴だ」
「飴」
ぽかんとして、縁側に立てかけられた鶴を見た。
やがて中途半端に掘られた穴を埋め始める。
ぽんぽんと地面を慣らしてから手を汚した土を、井戸の水を汲み上げてちゃぷちゃぷと落とした。
ようやく場所は部屋に戻る。
「見つかる前に食べ切れ」
「なんだか可哀想ですね」
そう言って鶴の頭を口に含んだ。薄桃色の唇をうにうにと動かす。
それを見ながら、初めて持ってきた髪飾りのことをぼんやりと思い出した。
薄桃色が透けた蜻蛉玉が付いただけの素朴な髪飾りだった。
微笑んだ千鶴は、まあ可愛い、素敵、といいながら同じように庭を掘り返し、頑丈そうな木箱を取り出した。箱の中は煌びやかだった。千鶴は己の女の部分を全てその箱の中に閉じ込めていた。女として千鶴を飾るもの。手慰みに遊ぶもの。鮮やかな千代紙まで。沢山のものが入っていた。
それらを心から愛しそうに見て、煌びやかの中に髪飾りを落とした。蓋を閉めた後の浮かない顔。
「みなさん、可愛いものを沢山下さるんです」
「だろうな」
「私を追い出したいんですね、きっと」
「…」
「私は男としてここにいるんです。女だとばれてしまえば皆さんと別れなくちゃいけないのに」
「か弱い女など邪魔なだけだからな」
その日は千鶴の機嫌を損ねたらしく、土方を見ることは叶わなかった。
その次に持って行ったのは軟膏だった。美しい装飾の、赤色の入れ物をささくれた指で包んで微笑む。
「水仕事で手が荒れて困っていたんです」
「だろうな」
千鶴は立ち上がった。まさかまた穴を掘るつもりかと思ったが、手に持ったのは穴を掘る道具ではなく字を書く道具であった。
筆にたっぷりと墨をつけて、鮮やかな赤を塗りつぶしていく。
「残念です。とても綺麗な色だったのに」
軟膏が土の中に埋まることはなかった。部屋の隅の小物入れに無事に収まったのだった。






かり、と噛み砕く音がして、風間は伏せていた瞼を上げた。
「困ってしまいましたね」
口から鶴の消えた棒を抜いて、じっと見た。
「ほう」
「賄賂を受け取ってしまいました」
「そうだな」
棒を屑篭に入れて、千鶴は襖を開けた。細い人差し指を唇に当てて言った。
「私が案内したことは誰にも内緒ですよ」
ここまで全て茶番劇である。








「遅かったじゃねえか」
「貴様の番犬は攻略し辛いな」
「そりゃあ、簡単に手懐けられたら番犬の意味がねえだろ」
きつく結い上げられていた黒髪はほどかれ、背中を流れていた。壁にのんびりと背をもたれ、切れ長の目尻を和らげている。
緩慢な瞬きが鮮明に誘惑を響かす。長い睫毛に目眩を覚えた。
細い手首を掴む。引き寄せれば微塵の抵抗もない冷たい身体。
「怖いか」
「何の話だ」
「お前が望むなら連れて行ってやる」
起こそうとした頭を掴んで肩口に押さえつける。指に髪が絡んで、滑らかに落ちた。
「どこに行けっていうんだ。この俺に」
湿った声色。だらりと下がっていた腕が風間の背に回った。なんど繰り返した駆け引きか。震える掌は明日を拒んでいる筈なのに、瞳は未来を強く見つめる。透き通った紫は真実を強く受け止める。時が止まることは無いと知っている。
風間の胸を確実に焦がす炎も行き場を失う。中途半端に燻らされ、苦しみだけを刻み付けていく。残酷な仕打ちに甘い笑みも漏らした。その顔を見るものもいない。
僅かでも合図を出せば引き絞った弦を離してしまうのに。
「泣いて見せろ」
「馬鹿」
「喚け。死にたくないとでも、惨めになりたくないとでも」
「…」
「俺を喪いたくないとでも」
「…甘いこと言ってんじゃねえ」
「言え!」
震えたままで、暖かい掌が風間の背を撫でた。
「言わない」
見えない表情が笑っているのがわかる。所詮ただの悪足掻き。殺した小鳥を弄ぶようなもの。
心をどこに置いてきてしまったのかと思う程に、土方は風間の胸の燻りを奪っていく。やめろ、と叫びたかった。口をついて出たのは、そうか、と小さな呟き。その切なさに、我ながら笑いがこみ上げた。










さく、さく、と音がする。
土方は未だ咲かない桜を眺めていた。この桜は咲かないかもしれないとぼんやり考えた。
「土方さん」
冷えた空気を転がすような千鶴の声。
「なんだ、それは」
「私の宝箱なんです」
指先の泥を拭って、木箱の蓋に手を掛ける。女らしく滑らかな指先。
「成る程な」
「あの人は、あなたに何も残していかなかったのでしょうね」
「誰のことだ」
「全て奪って消えて行こうとする人は、皆同じ目をしているんですよ」
千鶴が簪を手に取った。
「土方さんはあの人に沢山のものを残したでしょう。でも、あの人は土方さんに何も残さなかった。きっと、この簪も、口紅も、本当なら土方さんに贈りたかったんだと思います。でも、そしたらあなたが苦しむから。あなたは強いようで、いつもぎりぎりに立っているから。風間さんはそのことを知っていたから」
千鶴の声は遠く聞こえた。俺の命を吸って、桜が咲けばいいと土方は思った。





<作 : 艶雄様>



久々にお話書かせてもらいました。とても楽しかったです。主催ありがとう!!!






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