「お帰りなさい、先生」
「ただいま、名前さん」

ドアの開く音がして、振り向いて牙琉先生だと確認すれば笑顔で出迎える。先生の事務所で働いている私は、いつもわざと仕事を少し残して残業をしていく。牙琉先生と、少しでも一緒にいたいからだ。先生が好きすぎて、こうして静寂のなか二人きりでいるだけでどうにかなってしまいそうだというのに、目が合うとニコ、と笑いかけてくる先生にドキドキして、心臓がうるさい。先生に聞こえているんじゃないだろうかと心配になった。目線をそらし机上の書類に目を向けて集中する。いや、集中できなかった。再び先生の方へ目線を向けると、そこに先生はいなかった。あれ?どこにいったんだろうと席を立とうとしたら、先生に肩を押さえられそれは制止された。私の耳元の近くで先生が囁く。

「名前さん、どこへ行くのですか?サボるのはいけませんよ?」
「!…せ、んせい……」
「どうしたんですか名前さん、耳も頬も真っ赤ですよ」

くすり、と笑って言う先生は意地悪だ。恥ずかしすぎて顔から火がでそうだ。シャーペンをうまく持てない。
「あの…牙琉先生、ど、どいてくだ「霧人です」
「え…?」
「霧人、と呼びなさい。名前」

突然のことについていけなかった。初めて呼び捨てで言われて、益々顔が赤くなる。…ってか、それって私も先生を呼び捨てで言わなくちゃいけないんじゃ…戸惑っていたら耳元で先生の低い声が響く。「早く呼ばないとずっとこのままですよ」それは困る。このままずっと耳元で囁かれては恥ずかしすぎて顔が焦げる。私は勇気を振り絞って先生に言った。

「き…霧、人」
「よくできました」

先生が私の座っている椅子を回して先生の正面に向ける。先生の顔が近づいて、私の真っ赤な頬に口づける。驚いて硬直していたら、先生は私の顎をくい、と持ち上げて、穏やかな笑顔で言った。

「貴女は私のものです、異議は無いですね?苗字名前。」
「…………は、はい!」

先生の言葉に嬉しさがこみ上げてきて、思わず大きい声で返事をしてしまった。うるさかったかな…。先生は微笑んで私を優しく抱き締めた。
あとで聞いたら、残業の事も私が先生を好きだったということもバレバレだったらしい。


2012 03 17