事務所の鍵を開ける。ドアノブがひんやりとしていて、ただでさえ凍りついたように冷たい手が更に冷たくなった。早く中に入ってストーブの前で暖まりたい。
事務所の中は、痛いくらい静かで、寒さもあってなのか妙に寂しさを感じる。今日は真宵ちゃんも春美ちゃんも居ない。丁度依頼も無いし、今日はのんびり依頼が来るのを待っていようと思っていた。まあいつもそんなに来ないんだけれど。
突然、携帯の着信音が鳴る。ポケットから取り出して電話にでると、もしもし、と、か細い声が聞こえた。名前だ。
「どうしたの」
「龍一、あの…忙しい、かな。私、今日休みだから…」
彼女の言葉を聞いて、これから述べるであろう内容を即座に理解すると、嬉しさがこみ上げた。
「今、事務所に居るんだ。此処でも、良いなら」
「私は大丈夫だよ、でも…龍一はいいの?」
「全然、歓迎」
「じゃあ…今から行くね」
「うん」
ぷつり、と切れた。愛しい彼女の声が頭の中でまだ響く。まだ聞いていたかった、と、名残惜しい気持ちだった。

しばらくして、名前が事務所にやってきた。ソファに座らせ、とりあえず珈琲を用意した。ありがとう、と言いカップを持ち上げる名前の指に、ふと目をやった。あかぎれしていた。痛々しくて見てられず、二口ほど飲んだ名前がカップを置いたのを見計らい、名前の腕を引っ張り、指をじっと見つめた。
「りゅう、いち?」
「どうしたの、これ」
「あ…ああ、最近、料理の練習を始めたの」
「料理?」
不思議に思って、無意識に首を傾げる。名前の趣味の中に、料理なんてあっただろうか。もう付き合って二年くらい経つけど、名前が料理を作っているところを見たこともなければ、名前の手作りを食べたこともない。本人も料理は苦手と言っていたし。
「それで…洗い物とか、水を使うのが増えたからかな…」
「そっか…あ、血が、」
「あ、」
なるほど、と頷いて、再び名前の指を見やると、あかぎれしていた部分から血が染み出ていた。
無意識に、体が勝手に動いて、名前の指に舌を這わせていた。
「ひゃっ!りゅ、龍一?」
「………」
「舐めなくていい、から、は…恥ずかし…」
「ふ、」
指から口を離すと、名前の顔が真っ赤だった。俯く名前に目を合わせようとのぞき込むと、目をそらす。更に頬に熱を帯び始める名前は、顔を両手で隠すように覆う。名前の一挙一動が可愛くて、笑いが零れる。
そういえば、と思い出して、名前に料理のことについて聞いてみた。
「ねえ、なんで料理の練習してるの?」
「え…あ、それは…ほら、あれだよ!最近私ね、料理教室に通ってて…」
「嘘」
やっぱりな。本当にその場で適当についた嘘だったのだろう、名前は困ったような表情で、言葉は続かず黙り込んでしまった。
「本当の理由は?」
「…龍一が、最近、ちゃんとしたもの食べてないから…」
「え、」
「私が、作れたらなと思って…でもまだ、下手だから」
「名前…ありがとう」
「!」
ぎゅう、と華奢な体を抱きしめた。すると名前も腕を回す。

ずっと幸せを噛みしめようと、名前をしばらく抱きしめ続けていた。




2013 01 17


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -