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世界を愛せ


「全部終わったら、あなたに言いたいことがあるの。その時は聞いてくれる?ハワード」




彼女は、そう言うととても幸せそうに笑った。今が戦争中で、彼女がエクソシストである事なんて忘れてしまいそうになるような。




中央庁出身のエクソシストであった彼女は、黒の教団でその華奢な身体を酷使しきっていた。教団には馴染めていなかったらしい。時々送られてくる手紙には楽しそうな事が書いてあったが、きっとそれは嘘だと分かっていた。それでもそれを信じているかのような返事を書いていたのは、変にプライドの高い彼女を気遣ってのこと。しかし今はそれが悔やまれる。


「ナナシ子…っ、何故…!」


咎落ち、した。まさか彼女が。なぜ、どうして。黒い柩に入れられ、もう彼女の顔を伺い知ることも叶わない。コムイ室長が言っていた。この蓋を開けても、そこにナナシ子ちゃんはいないよ。その意味は聞かなくても分かる。死体のない棺桶。彼女は咎落ちし、たまたまそこの近くにいたソカロ元帥の手によって破壊された。跡形もなく。


「あぁ…っ」


そこに彼女がいないことなど重々承知している。それでも、この棺桶を見ているとただ涙が込み上げてきて。その棺桶を撫でると、さわりと手触りのいい感触。手に伝わるその冷たさが、残酷に私に絡みついてくる。


「あなたを助けれなくてすみません、私が不甲斐ないばかりに…」


"ハワード。私ね、エクソシストになったの"


脳裏に、彼女がエクソシストになった日の事が蘇る。


"なに驚いてるの?喜んでよ。今日から私が、あなたたちを護るんだから"


誇らしそうにしていた彼女の顔も、ちょっと強がってみせていた声も。思い出せば思い出すほど後悔が募る。


"頑張ってこの戦争を終わらせるから。ねぇ、ハワード。あなたも望んでいることでしょう?"


別に私は、彼女に無理をさせてまで戦争に出て欲しくなかった。しかしそれは監査官であった私が言ってもいい事ではなかったし、彼女もきっと私がそんな事を言ったら悲しく思っただろう。だが、あの時意地でも彼女を教団になんか行かせなかったらこんな事にはならなかった!私は、私は…


「私は…あなたが思うほど正義感に満ちた人間ではないのかもしれない…」


だって、こんなにも神に背いた考えばかりが浮かんでくるのだから。この報われない気持ちはどこに吐き出せばいい?…いや、吐き出す必要はない。私はずっとこの重たい気持ちを抱えて生きていく。これが私に与えられた戒めであり、彼女が確かに存在していた証拠なのだ。これからも私は彼女だけを愛し続けていく。


「愛していますよ、ナナシ子。もう、遅いかもしれませんが…どうか安らかに」



冷たい棺桶にくちづけを一つ落とし、一つ撫でてからその場を後にする。割り切れてはいないが、覚悟はできた。彼女がもっと長く生きるはずだったこの時代を、私が生きる。彼女は寂しがり屋だから、きっと私の傍にいてくれる。そうなったらもう二度と離しはしません。伝えきれないほど、あなたを愛していますから。



いっそこの世界ごと愛せ



土に還ってあなたは世界に新たな生命を生む

ならば私はあなたの育む世界を愛しましょう

そうしたらきっと相思相愛になりますよね?

ここはあなたのいない世界ではありませんよ

いつか私もあなたのもとへと行く日がきます

その時こそあなたに私の思いを打ち明けよう

「あなたのすべてがいとおしい」



-end-


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