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NOVEL
▼彼への不審



『遊馬、思ったことが一つある。』
「なんだよ急に」

アストラルが下校中に声をかけてきた。遊馬はぴょんぴょんと階段を上っていく。まるでリズムをとる様に一歩ずつ。そのせいで鞄の中でペンケースやノートがガシャガシャと鳴る。それほど鞄には荷物は入っていないせいか鞄の中で荷物が踊る。

『シャークという少年の事だ。彼は…シャークは女性ではないのか?』
「そんなわけないだろ!制服だって男子のだし」

遊馬は女子なら自分の制服と色違いの緑の制服を着ていると言った。
女子の制服はノースリーブで、色はそれぞれ学年によって色が違うが遊馬の学年は男子の赤と同系色のピンクである。シャークはひとつ年上だから緑である。それくらいアストラルだって気付いてる筈だと思っていた遊馬だが、彼は問題はそこではないと言うと話を続けた。

『失礼な話だが彼は他の男性とは違うことだ、遊馬』
「どういうことだよ?シャークが男じゃないって」
『彼は喉仏がない、そして肩幅も狭く君と同じで小柄だ』

アストラルにそう言われてしまうと納得してしまう遊馬だった。だが遊馬には凌牙が男だということを押し通そうとしても言葉が見つからない。奥の歯をぎゅっと噛みしめる。そんなはずはない。ただ凌牙が小柄なだけだし成長途中なんだよということを告げる。
なるほど、成長途中…うんうんと頷くようにアストラルも同意してくれた。遊馬も自分で言っておきながらいいこと言ったなと思った。そうだ、凌牙が女な訳がない。成長途中なんだ!だからまだ肩幅も声変わりにもしてないんだ!きっとそうだ!!

「本人がいる目の前で噂か?いい度胸だな」

遊馬は声の主にびくっと肩を震わせる。まさかと思い、恐る恐る後ろを振り向くと眉間に皺を寄せ不機嫌な表情をした神代凌牙がいた。なんて今日はついてないんだろう。本人に出会ってしまうなんて。焦りと驚きが同時に来たせいで額から汗がどっと流れ出る。なんて嫌な汗なんだろうか。笑ってごますのは無理だと悟ると遊馬はぐぬぬと唸った。凌牙はふっと視線を遊馬から明日へ向ける。

「な、な、なんでこんなところにシャークがっ……」

やっと出た言葉がそれだった。いや、それ以外の言葉が思いつかなかったというのも理由の一つだ。だがそれはシャークに対して失礼な言葉だったかもしれない。こんな時、国語の勉強をちゃんとしておけばよかったと後悔した。遊馬より下の段にいる彼は何故視線を逸らしているのか分からなかったがやっと口を開いた。

「通学路を通って何か悪いことでもあんのか?」
「いや、そうじゃないけど…その…」

この状況、とても気まずい。カップルがデート中に元彼(または彼女)に偶然出会ってしまった状況にすごく似ている。遊馬はシャークに向かってバッと頭を下げた。凌牙とアストラルは目を見開く。遊馬からは凌牙の表情を視認することができないが申し訳ない気持ちでいっぱいだった。ごめん、そんなつもりじゃなかったんだと正直な気持ちを伝えた。凌牙は遊馬の話を理解するとふぅ、と軽くため息をつく。

「…頭を上げろよ」

遊馬が頭を上げると、凌牙は先ほどの不機嫌な顔から一変、いつもの顔していた。事情は分かったから気にするな。とでも言うような表情である。きょとんとした顔で遊馬が凌牙を見つめていると、すっと細い腕が伸びる。凌牙の腕は遊馬の頬をそっと撫でる。ほわっとした暖かさを保つ凌牙の手のひらはじんわりと遊馬の頬に溶けていった。


[2012.02.09]


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