いざしず飴 | ナノ
 


飴細工のような人間になりたかった。色とりどりで見る目にも楽しく、花にもなり蝶にもなり鳥にもなり、水あめの味がちゃんとする甘味のような人間になりたかった。それが無理でもせめて三十路になったら人間丸くなって俺のこの七面倒くさい暴力もちみちみと磨耗していればなあと二十台のあの時夢想していたが現実はそんな甘く稚いものではなく、折原臨也との付き合いも途切れそうで途切れることなく細々と続いているのだった。「いざやくん、」いまや天敵と呼ぶにはあまりにも脅威でなく、また同じくらいに不可欠な存在が真夜中の電話でドライブに行こうよと誘って、実際に連れてきたのが名前も知らない山の中だった。クラクションを鳴らされたらアクセル全開にしちゃいそうじゃないかお前と尊敬する田中トムに酒の席で言われてから静雄は免許を取ろうという気持ちがことごとくなえていたが、学生時代に合宿で取得したらしい折原臨也は手馴れたものですいすいと高速をおりたのだった。カモミールの芳香剤に酔いそうだ。臨也の運転というのを助手席という最も近くの距離から眺めたのは長くなってしまった付き合いとはいえこれが初めてで、適当な場所で車を止められ、降りた静雄に吹いたのは一年置いたストーブを久しぶりにつけたときのようなほこりっぽい風だ。つま先からすね、太ももを撫でるように上がってくる。夜風とはいつからこんな怖気たつ温度になったのだろう。見下ろすまちの夜景も目の奥にじわじわと眩みを巻き起こすだけだった。向いていない。自分に夜は向いていない。

「臨也君、もういーよ帰ろうぜ、俺明日早いんだよ」
「来たばっかりじゃん、まだ良い子以外は起きとく時間だよ」
「いや、もやさま見ねえといけないし」
「大丈夫、俺が録画してるから。それよりシズちゃん、キスしようよ」
「お前、馬鹿?」

タバコをやめたのは28のとき。取り立て屋の仕事と同時にやめた。愛着もあったし、名残惜しさもあった。だけどもう必要ないな、そう思ったのだ。三十路ってそんな歳なのだ、くそのように歳をとってしまったものである。臨也の黒い髪がはためく。車のヘッドライトだけが近くの光源。口に入ったようだから指で軽くはらってやったら、その指を掴まれて歯の先で噛まれた。山の中だ、誰も見ていない。臨也の胸糞悪い爬虫類のような目も綺麗な顔も見えない、醜悪なにおいさえ夜空が運搬していく。好きなようにさせて、20分くらいに、唐突に臨也は汚い声で言ったのだった。

「可哀相に、君は幸せなんかにはなれないよ」

( 飴が冷めると硬くなるので、2〜3分で成形してしまいます。形が出来たら、食紅で着色して乾かして出来上がり。1つ5分ぐらいで仕上げます。)
そんな人間になりたかった。
飴細工のような人間になりたかった。小学校の帰り、おっさんが新聞を眺める片手間で発泡スチロールにぶっさし売っていた飴細工のような人間に。あまいどろどろを冷やして固めてあとは舐められ噛み付かれ消化されるだけの存在になりたかった。小汚い机に置かれた長方形の発泡スチロールにぶすぶすとさされる割り箸の先で花や蝶や鳥の形にまろやかに細工された、株がどうのperxpbrがどうの株式資本比率がどうのぶつぶつ言いながら金融新聞を読む折原臨也に100円差し出して幽が買ってくれる、そんな飴のような人間になりたかった。
誰かが手を加えて整えてくれるような、誰かに手を差し伸べてもらえるような人間になりたかった。
来月俺は35になる。絶対に交わることはないけれど絶対に離れず絶対に消えない、そんな人間が家族のほかに、たった一人居る――そう意味もなく思える相手の存在に気づき、それを素直に悲しむことが出来るのも、喜ぶことが出来るのも、こんな歳になってからだ。

「あーあークソ、幸せ、ほしいなあ」

夜空の星も地上の灯りも臨也の瞳もすべてがまばゆい。その瞳を舐めたところで甘くなどない、でも一時でもいいから、幸せであるという実感が欲しかった。いざや、とまた囁く。「とし取って、ちょっとくらいはムード読めるようになったんだね」、夜にコーティングされた草のにおいがカモミールも埃も吹き飛ばした。なくならない暴力も新しい職場も馴染めない上司も亡くなった繋がりも、全部どうでもいい、だから幸せが欲しい。飴細工のような人間になれなかった不細工な俺の本音に似たなにやらを噛み砕くのはいつも、折原臨也の歯だった。







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