サスダテ | ナノ
 


猿飛佐助を最初に見出したのは甲斐に名高き猛虎、武田信玄に他ならない。親の顔も知らずしのびの里で10の歳まで生まれ育った佐助を引き取り、己の密偵とした。佐助の働きを買った武田は、志同じくして武田家の永久の隆盛を願う家臣真田幸村にしのびを授けた。真田は実年齢だけではなく精神のほうまで武田よりも若く、幼く、稚かったが、将来への可能性を持ち合わせており、最初は戸惑った佐助も今では、忠誠を誓っている。
つまり猿飛佐助にとって、戦国の世に置き仕えるべき主、守るべき存在は武田と真田、その両名のみであった。

「うちの旦那があんたに恋焦がれちゃってさあ。武人としてちょっとやばいくらい萎れてるからいっぺん抱かれてやってくんないかなあ」
「HA用件がそんだけだっつうんなら帰れ。つうか死ね」
「ですよねえ」

俺様がアンタでもそう言うわ、と佐助は静かな他人の部屋の中で、正直に己の真情を吐露した。他国の忍びが夜半に甲斐からはるばる奥州までやってきて開口一番何を言うのかと思えば、と、佐助は今の独眼竜の気持ちが手に取るように別って仕方がない。隻眼の城主、伊達政宗は実に白けた目で不法侵入してきた忍者を見下していた。理由がわかるだけに視線が痛い。全く、何が悲しくて天下を奪い合う好敵手相手に懸想してしまったのかうちのバカ主は。
なんなの?
馬鹿なの?
死ぬの?
いいよ?
いやよくないけど。
本人たちいわく運命の邂逅とやらを果たしたのはいい。食うか食われるかの乱世において、何者にも変えがたいとお互いに思える相手を見つけることが出来たのは、ただの偶然という言葉では片付けられない奇跡というやつであるだろう。佐助としては重畳だねと鼻の穴をほじりながら感嘆できる巡り会わせだ。だが、相対すときが一番心踊り満たされるという二人が住むのは甲斐と奥州。また、真田も独眼竜も、それぞれうかつに城をあけることのかなわぬ身分である。どうやらその会えない時間だとか距離だとかは、今まで身近にいる武田が唯一だった真田にとってはなじみないものであったようで、徐々に変化していったらしい。槍を交える相手として焦がれていたはずが、次第に傾国の美姫に想いを馳せる少年のようなそれに変貌してしまったという。わけがわからない。
わけがわからないけれど今の真田にとっては、奥州の一武将は焦がれるに値するものであるそうだ。佐助にはさっぱり、わからない。上杉謙信からかすがを引き剥がし、何も上杉を連想するものがない密室に彼女を幾日か閉じ込めておいたら似たような反応をされるかもしれないが、佐助自身にはついぞ持ち得ない感情である。それこそかすがに対してはしのびらしからぬ感情を抱いてそれなりに交流を続けているが、それはどちらかといえば心配やら気遣わしいやらのほうが強く、男として触れたいだとか抱きたいだとか思ったことは一度もないのである。恋とかなにそれ。ほんとなにそれ。
その佐助が旦那しっかりしてくれよと肩をゆすってもふにゃふにゃとゆさぶられるだけ、あれほど輝いていた武田自らの訓練にも精が出ない。長年仕えているが、あんな真田を佐助は見たことがなかった。今日などはやつ時に団子をちらつかせても反応がなくぼーとしており、いよいよこれはまずいと判断し、単身、自慢の俊足で奥州くんだりまで馳せ参じたのだった。さすがに夜までかかってしまったが。
と、一連を語ると無理もないが、奥州王は呆れ顔を隠しもせず嘆息した。ほんとうに、無理もない。

「遅れてきた思春期ってか。武田の性教育は一体どうなってやがんだ、女体が破廉恥ってんなら、はなっから小姓でも掘らせとけよ」
「そう言ってくれるなって。俺様ももっとちゃんと性欲の晴らし方ってやつを教えとくべきだったってね、後悔してるんだよ。ちゃんと、可愛い、身分に合った女の子に対して興奮させるべきだったってね」
「……Hey」

佐助としては珍しく裏もなく本心を言ったまでなのだが、睡眠を妨害され不機嫌そうな独眼竜は何故か聞きとがめた。

「武田のしのび、おめえ、俺が野郎と身分違いみてえなことを言いがったか?」
「え? ああいや、そんなつもりじゃ」

思ってもみない着目をされ、すんの間動揺してしまったが、よく考えてみれば真田と独眼竜は実際、身分が違うといえば違うのだ。腐っても一国の主である伊達とあくまで武田の家臣として毎日を送っている真田とでは、背負うものも果たすものも違う。贔屓目なしに公平な判断をすれば、真田が下である。ゆえに伊達を侮っての発言ではなかったのだが、その頭首はそうととらなかったようだ。寝自宅を整えていた独眼竜の近くには六爪ではなく、護身用の短刀しかなかったが構う様子なく、佐助と彼との間に紫電が鳴る。参った、佐助の失言で伊達とことをかまえるわけにはいかない。三尺ほど距離をとり、愛想笑いを浮かべる。

「怒りを収めて欲しいなあ独眼竜……」
「人が気持ちよく寝入っているときに、スッパの気配をさせてよ、叩き起こした挙句にくだらねえ用向き、更には侮辱とも取れる発言ときた。喧嘩売りに来たとしか思えねえなあ」
「落ち着いてよ。お殿様相手に不敬だったってのは言い逃れできないし謝るけどさ、くだらないって言われるのも心外だなあ。こちとら、旦那が腑抜けて結構まじで厳しいんだよ。生涯の好敵手がこのままスルメみたいに干からびちゃったら、アンタだって困るでしょう」
「そもそも前提からしておかしいだろうが。猿、お前が尻を貨しゃあ言いだけの話だろうが」
「何言ってんの、真田の旦那はアンタに懸想してるんだってば!」
「お前もしのびの端くれなら、変化の術くらいつかえんだろうが! くだらねえ!」

圧倒的に相手に分があるが、佐助とて譲るわけにはいかなかった。独眼竜の言うことは全くもって正論であるし佐助の腕を認めるような発言とも取れるが、出来れば佐助はそのような案などごめんこうむりたい。武田から長年真田を任されている身としては、くびになることはないだろうがこのままあの状態で主を放置していては給料を削減されることにつながるだろうし、武田家の士気にもかかわる。腐ってもしのびなので夜伽の方法も心得ているが、出来ることならオネショ時代から知っている相手に足を開きたくない。それは佐助も最終手段として心にとめておいた方法ではあるけれど、それをしたくないからはるばる奥州まで走ってきたのだ。察して欲しい。佐助も必死なのだ。必死に頭を働かせて、鉄壁の正論を崩しにゆく。搦め手や詭弁をそうとわかっていて駆使しまくる。それくらいできなくて、なにが真田忍者隊隊長か。

「心の狭いお人だねえ! 何をそんなにぶちぎれてんのか知らないけど、変化の術ってのはあまくないんだよ! その人間のことを熟知していないと成り立たないの! 言っとくけどね、俺様アンタのことなんかなんも知らないよ! 奥州の筆頭で独眼竜って呼ばれてて南蛮語を話して片倉小十郎っていう家臣を右目としてこき使ってるってくらいしかね! 喘ぎの声も閨での癖も好きな体位も知らないんだってば! ほら! 中途半端に俺様がアンタを模倣して旦那と一夜を共にするより、アンタ自らが旦那に抱かれてくれるのが一番手っ取り早いんだって!」

馬鹿じゃねえか!と独眼竜が怒りに任せて怒鳴った隙に更に付け込もうとしていた佐助は、いつまでもそのときが来ないので胡乱げに彼と視線を合わせた。独眼竜は怒るではなく、何かを堪えるように感情を抑えており、さすがは一国を率いる男だと、悪印象しか抱いていなかった相手を佐助は少し、見直した。見習えうちの主。
しかし、独眼竜への評価はすぐに覆る。隻眼の男はじっと佐助を見ていたかと思うと、唇をゆがめこう言ったのだ。

「――教えてやる」
「え?」
「俺の喘ぎの声も閨での癖も好きな体位も、だったか。知らねえってんなら教えてやる。おら、おあつらえ向きに二人きりだ。こいしのび。教えてやるよ、俺の体を」

何その冗談、と笑い飛ばしてやろうとしたが、いつの間にか独眼竜から笑みが消えていることに気づいた。え、え? そうくんの? 

「アンタが俺相手にできるとは思えねえが、愛しい主のためだろ? アンタだけRisk無しとはずりいじゃねえか、なあ? せいぜいしのび秘伝の催淫の術でも使えよ」
「え、いや、そりゃそんなのもあるにはあるけどさ。いやいや、アンタこそ俺相手に出来るの? 俺、それこそ身分違いもいいところよ?」

佐助も思っても見なかった事態へ展開し、混乱を隠せない。とんちんかんな受け答えをしていることに気づいたのは、口に出してからだった。

「構わねえよ。俺の好敵手を復活させるため、なんだろ?」

にやりと笑みを戻しつつ独眼竜は言った。まずい。この流れはまずい。真田ばかりか、独眼竜と体を重ねるなどつらすぎる。やぶをつついて蛇を出してしまった。なんとか打破しようと佐助が頭をめぐらせ、搾り出した。

「……アンタ、俺のことが好きなの?」

虚を突かれたような独眼竜は佐助へにじりよる足を、とめた。畳み掛けるように「もしかしてアンタ俺のこと好きなの、だから真田の旦那に抱かれてくれって俺様が言うのは気に入らないし俺様には抱かれたいってそういうことなの」と思ってもいないことをつらつら口にして独眼竜の頭を覚まさせるように尽力する。それが功を成したのかふむ、と独眼竜は、思案するように黙り込んだ。汗腺が全開なことを感じながら佐助は、独眼竜を思いとどまらせるため次の策を練る。と、相手が口を開いた。

「いや。大嫌いだな」
「――だよねえ。なら」
「だから、見たいんだよ。アンタが心底嫌そうな顔をするところ。……可能な限り近くでな」

先ほど開けた距離をつめられた。こいつ頭おかしい、と佐助は隻眼を呆然と見つめそれから、こんなやつに惚れた真田も狂ってる、と思った。もうやだ、みんな死ね。馬鹿なの死ぬの、というか、馬鹿だから死ね。






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