蒼紅




「煙草くさいでござる」


白く煙る部屋の中。
少し眉をしかめて率直な感想を漏らしてみるも、原因を作っている当の本人は素知らぬ顔で再び紫煙を吐き出した。
彼が重度のヘビースモーカーであることは理解しているし、無理に止めろとは言わない。
ただ、同居人である俺に少しの配慮くらいは欲しいと思ってしまうのも仕方のないことだ。
妥協案として、せめてベランダで吸ってほしいと進言した提案は「外、寒いだろ」の一言でバッサリと切り捨てられてしまったのだから。


「そもそも、もう禁煙すると申されていたではござらんか」
「Ha,いつの話してんだ。古い話持ち出すなよ」
「…言っておられたのは昨日でござる」
「覚えてねえなあ」


煙草代の値上がりが地味に彼の財布に打撃を与えているらしく、こんなもんもう吸わねえと息巻いていたのは昨日の夕飯の時だ。
あれからまだ丸一日も経っていないというのに、というよりそもそも今朝起きた頃にはもう既に目覚めの一本を吸っていた。
約束が守れねえ奴は嫌いだ、と何事においても有言実行な彼も、こと禁煙に関しては過去数度口に出したうちただの1回ですら24時間以上保った試しが無い。

エアコンをかけているため窓は開けれない。
せめてもの対策として台所の換気扇を回すことにしたが、そんな俺の小さな気遣いすら気にすることなく彼はまたも紫煙を吐き出した。

彼が煙草を吸っている姿を見るのは好きだ。
煙草を挟む細長い指、咥えたときの唇の形、煙を吐き出す時に窄められた唇の隙間から覗く白い歯。
ひとつひとつが妙に様になっていて、そしてどこか色っぽい。彼が煙草を吸っている姿は好きだが、どうも煙草自体はいくら頑張っても好きになれそうには無かった。

この決して広くはないアパートで彼と一緒に暮らすようになってから早半年。
高校を卒業し入学した大学は、実家から通うには少し遠い距離にあった。決して通えない距離では無いのだが、毎日の通学時間を考えると、大学の近くに新しく部屋でも借りたほうがよっぽど利口に思えた。だが一人暮らしをするには決定的に金が足りない。
そんな理由から悩みに悩んでいる時、事も無げに彼がこう言ったのだ。
「俺の部屋に一緒に住みゃいいだろ」と。


「おい、幸村」


愛煙家だということは知っていたが、まさかこれほどとは思わなかった。
過去の出来事を思い出しながら少しばかりの後悔に浸っていると、いきなり名前を呼ばれ背後を振り返る。
そこには空になった煙草の箱を掲げた彼の姿。俺と目が合うと、眼帯で隠されていないほうの左目が、にぃと細められた。


「…嫌でござる」


その仕草が、「煙草が無くなったから新しいのを買ってこい」と示唆しているものだということは安易に想像が付いた。
だから実際に命令されるよりも先に拒否の言葉を吐き出すと、途端に彼の表情は面白くなさそうなそれに変わる。


「口答えすんなよ」
「もう今日は既に2箱も吸われたではござらぬか。吸い過ぎは政宗殿の御身にも…」
「だから口答えすんな。ほら、釣りで何か菓子でも買ってこい」
「…子供扱いはやめてくだされ」


財布から取り出された千円札を押し付けられる。
これではまるで小学生扱いだ。菓子を買ってきていい、なんて言葉に俺が釣られるとでも思っているのだろうか。
などと言い訳しつつも、心の中ではしっかり釣銭で買える菓子の量を思案している自分が、何とも浅ましい。
深々とついた溜め息でせめてもの不服を示してみせると、彼の手に握られた千円札を渋々受け取った。
玄関へ出て扉を開けると、冷たい外気に包み込まれ思わず身を震わせた。このような仕打ちを受ける元凶となった彼を恨めしそうな目で睨みつけると、玄関まで見送りに来ていた彼が小さく笑う。


「そう怒んなよ、幸村」
「…別に怒ってはござらん」
「アンタは簡単に止めろ止めろって言うけどよ、好きなもんってのはそう簡単に止めれねーものなんだよ」
「………」
「アンタになら分かるだろ?どんだけ不満言いつつも、結局この部屋に戻ってくるアンタには、な」
「…なっ……!」


やられた。
ニヤリと歪められた顔に口答えをする暇も無く、彼は言いたいことを言ってしまうとバタリと扉を閉めてしまった。
ボボボと音を立てそうな勢いで熱くなっていく顔を両手で隠す。誰にも見られていないのだから隠す必要など無いのだが、どうにも居ても立ってもいられなかったのだ。
どうしても煙草が嫌なら、頑なな相手に口酸っぱく禁煙を勧め続けるより、自分があの部屋を出て行ったほうが早い。
もともと自分は居候の身だ。我慢ならない事があるなら、やはり無理だったと諦めてさっさと実家に戻るなり新しく家を探すなりすればいいのだ。
どんなに横暴な態度を取られても、どんなに理不尽な扱いを受けても、それでも自分があの部屋に大人しく帰っていくのは、そこに彼が居るからだ。

自分の恥ずかしい想いまで全て彼に見透かされていたかと思うと、火照っていく顔を鎮めることが出来ない。
両手で顔を覆って悶絶してみたところで、この状況は変わりはしない。諦めて、近所のコンビニへと歩き出す。
溜め息を吐いてみると、白いモヤがふわりと宙を舞った。まるで彼が吐き出す煙草の煙のようだ、と苦笑を洩らす。
恋愛は好きになったほうが負けだ、と一番最初に言い出したのは誰だろう。全くもってその通りだ。
大好きな彼の為に、大嫌いな煙草を買って、そして自分はまた大人しく帰っていくのだろう。煙草の煙で白くなったあの部屋に。


















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ちやこさんより誕生日にいただきました蒼紅アアアアアたまんねありがとうございます! ありがとうございます!!
ちやこさんてどうしてこう…小説うまいわ絵が端麗だわお仕事をバリバリこなされているわご本人の容姿が可憐過ぎるわ…くうっ。神に愛されているとしか思えぬお方です…


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