産まれた理由と生きる理由あれやこれや

厄介な種族に生まれてしまったなあ、というのが最初だったと思う。
かわいいな、と思って掴んだ手のひらで野良猫を殺す。腹が立つ、と放り投げた空き缶で野良犬を殺す。物言わぬなきがらと化した命を前に後悔に襲われることしばしば。発作的に自傷するにはしかし、皮膚が強すぎるのだった。この手のひらは何のためにあるのだ、というクエスチョンには漏れなく他者を蹂躙するため、てなアンサーしか付随されてない。実際、心惹かれるものに触れる際、力加減が出来るようになったのなんて二十歳を超えてからだ。それまで、骨をきしませず、肌にあざを残さず、ただただ相手を抱きしめることができるなんてのは一ダースの敵を殴り倒すより遥かに、難しかった。夜兎とはそういう種族なのだ。そりゃあ繁栄などするわけもない。夜兎以外の血と共生しようなんて考えになるわけもない。だからますます夜兎は孤独になるのだ。ダークネス。
阿伏兎は夜兎に産まれてしまったことを、ああ向いていなかった、と思うのである。
暮れなずむ空が美しいと言えば、そんなことより腹を膨らせろと笑われる。あの女が好ましいと呟けば、なら犯せばいいと返される。夜兎という種族はあまりにも排他的で、夜兎内でも自己が一番でなくてはならずまたそれが美徳とされてきた。本当に、厄介な種族に生まれてしまったものだ。阿伏兎が完全に諦観したのは十をいくらか過ぎたころだったろう。そこに至るまではしばらく葛藤があったものだ。なんせどれほどうんざりしようと自決など出来ない。夜兎の血は自殺を許さない。相手の命を屠るために生かすのだ。
次に阿伏兎が思ったのは「厄介な性格に生まれてしまったなあ」、というものだった。そもそも夜兎として生まれついたってうまくやっているやつは馬鹿みたいに殺戮を楽しんでいたりして実に人生楽しそうなのである。異物なのは俺か、と気づいてしまったのは五つのときくらいだったろうか。親も兄弟もただの夜兎だった、何故俺だけがこう育ったのだろうなあ、と何度も何度も遺伝子の不思議に頭を抱えたものだった。
こんなに似つかわしくないと自覚しているというのに、血はこの我を開放してくれない。血が成す「恩恵」をそうと受け取れられず困窮していていても結局、夜兎同士の戦いでは結構熱くなってしまうところがまた、やってらんない。夜兎という一族の血ははどこまでも縛ってくる。そしてそれを幸福と阿伏兎は思う。困ったことに、夜兎の力を恨んだことはあれど、違う種族に産まれたらまた違った人生だったのだろうと夢想することもあれど、夜兎と生まれたことを後悔したことは一度もないのである。
厄介な生き方を選んでしまったものだなあ、と思ったのは夜王鳳仙に仕えることを決めたときだ。滅びの一途を辿る夜兎の者たちが集うあの親父の下に、従わざるをえなかった。弊害だって多いことをわかっているのに夜兎として産まれてしまった以上阿伏兎は、夜兎という種族を愛さずにはいられなかったのだ。歴戦の覇者たちと戦いたい、よりも同属たちとそばに居たい、という希求のほうが阿伏兎は強かった。これがまた阿伏兎がへんなやつ呼ばわりされることの一因となったのだが、夜王には妙なやつよと気に入られてしまった。「お前が何か失敗をするたびにお前の大好きな同胞を殺そう」と阿伏兎がいやな顔をするのを見るのを楽しんでわざとそう言ったり、実行したりを気軽に殺したりするので、阿伏兎は必死に働かねばならなかった。気づけばぐんぐん出世しており、鳳仙の腹心などと呼ばれるようになっていた。なんとも皮肉なことだった。

そして厄介な男に出会ってしまったなあ、と思ったのが、数年前のことだ。
夜王の異名を持つ鳳仙が唯一、服従させることの出来なかった男の息子。その少年が突然、俺を養ってくれと宇宙海賊春雨の門戸を叩いてきた。星海坊主の息子と聞いて目の色を変える鳳仙をとりなして、置いてやったらいいじゃないですかと差し出がましくも助言した。鳳仙は飼い犬が手を噛むかと怒り狂い、その矛先を息子にではなく阿伏兎へ向けた。けれど阿伏兎は少年を一目見た瞬間に、わかってしまったのだった。何故自分が、向いても夜兎に生まれたのか。長年苦しめられた違和感があっさりと消失した瞬間でもあった。
自分が夜兎であるのはこの少年を、死なせず、死なず、助けるためであると。阿伏兎の主は、鳳仙などではなかった。この少年に仕えるためだけに、自分は産まれてきたのだとわかったのだ。
その日から、ハハ。生きるのが楽しくなった。

そんな感じで、この歳まで生きてきた。厄介な男を好いてしまったなあ、と最近では思う。

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