目にも鮮やかな自己主張は愛

長いこと忘れていたが夜兎には変な風習があって、それは20歳になったら猫も杓子も原色の布を纏い山に登って跳ぶように飛ぶように駆け降りるというものだった。山はどこでもいいらしいのだが、若者達は標高が高かったりメジャーだったりする山に集まりたがるので、同じ誕生日の20歳が数人居たら山が綺麗なことになる。かく言う俺もガキのころなんとなく家の窓から見上げた山からすごい勢いで赤や橙や黄色や、鮮やかな色が流れ星のように滑走してくるのを発見してはあの人は今日が誕生日なんだなあ、などと思ったりしたものだ。生まれた時から夜兎だった俺はその成人の儀が世界の常識なんだと思っていたのだが、15の時家出して海賊となって宇宙の広さをわずかなりとも知った時、あっそうじゃなかったんだ、と学んだ。でも夜兎なんかまだマシじゃないかね。他の惑星じゃ入れ墨を彫るとか、爪を染めるとか、わざと骨を折るとか、海に一日中潜るとか、ほんと意味わからないところじゃノミの50万匹早食いとかあるんだから。
まあ、夜兎の場合本当の成人は親を殺すことだと思うけど。
同族が少なくなった今じゃすっかりタブーでそんな平和な方法がとられるようになったんだろう。俺15でタブーを侵しそうになったというアレはまあ置いといて。

「明日の誕生日おめでとう団長」

という、けだるそうな目つきを常時やめない便利な部下の微妙に変な祝いの言葉で夜兎のそんなこんなを想い出さされ、俺は故郷から遠く離れた宇宙船の中であまりの懐かしさに目を細めたのだった。たった4年前まで記憶していたはずなのに俺はいつの間にか忘却していた風習を、当たり前のように覚えている部下の種族愛には永遠に敵う気がしない。ほれ、と勿体振りもせず差し出されたのは目にも艶やかな真っ青な布地。美しいなあと無意識に思える色の暴力だった。何色か候補はあったんだが、その青がいいんじゃなかろうかと眠たそうな眼差しで部下は言う。ファッションショーのようにいろいろ出して来ずにピタリと定めたあたりこの部下は流石、洗練されている。
19歳11ヶ月29日目な俺は明日の早朝、そのもしかしたら他の星からしたらクレイジーなのかもしれない風習に従って、この朱色の髪に最も映える青い布を纏うのだ。とはいえ。

「山はどうしよう」
「何言ってんだ、せっかくなんだし小型船使って里帰りするに決まってんだろ」
「えーっ!」
「山ならどこでもいいとはいえ、どうせなら生まれた場所の土で出来た山がいいだろうが」

当然だと言わんばかりの表情をされているが4年前、二度と故郷の土を踏むことは無いだろうとかっこよく去ってきたつもりでいた俺としちゃ恥ずかしいことこのうえない仕打ちだった。置いてきた妹と再会しちゃったらどうしよう。ぶん殴られちゃうんじゃない? 糞親父はえいりあんハンターとしてあちこちを転々としているのが聞きたくなくても風の噂で聞こえてくるが、妹は今頃どうしているのだろうか。生きていたら確か14くらいにはなってるんじゃなかったっけか。4年ぶりに妹のことを思い出していると、里帰りを勧めてきた部下が仁王立ちしていた。

「アンタはむくつけき第七の野郎共の中で一番年若いんだぜ、自分の息子のように孫のように団員から愛されてんだよ」
「いや、なにそれ初耳」
「いいじゃねぇか、アンタ明日一日は仕事から解放されるんだぜ。うわー超羨ましい。替わってほしいくらいだ」

棒読みだが本心であることがひしひしと伝わってくる気がしなくもない独特の声音にふと興味を引かれ、年上の部下を見上げる。

「阿伏兎の時は何色だったの?」
「俺か。俺は」

やってねぇなあ、と部下は言った。覚えてねえな、でもそんな馬鹿なと言っただったろうが予想の上をいかれて、にわかには咀嚼できなかった。

「まじで?」
「まじで」
「なんで?」

あの、この、部族の血が何よりも愛おしいのだと、豪語しつ憚らない、男が。夜兎の誇る成人の儀を自らは執り行わなかった、だなんて。部下の全てを理解した上司だという自覚は到底無いが、それにしたって普段の言動を知っている身として納得出来ないこと窮まりなかった。へー、の一言だけでは流せないのだから、相当な発言なのだと思ってほしい。

「なんでって・・・俺の成人なんか10年近くも前のことだぞ?」
「だから!?」
「何キレてる・・・10年前、アンタは第七師団の団長だったか?」

あ、と今は悠々地球で隠居生活を送っている筈のM字ハゲ師匠の狡猾そうな凶相を思い出した。あのジジイ。

「当時俺はあの人のお付きだったからな。毎日命の危険ギリギリでとても山ぁ駆け降りる体力残っちゃなかったよ。第一、日数的にも暇が無かったな。気がついたら、誕生日なんか終わってた。次の日もその次の日も、いつも通り、あの人の傘持ちだ。そうこうしてる間にタイミングなんか消えたな」

まあかわりに夜兎の中の夜兎たる夜王のおそばに居られたわけだからな、むしろ幸運だったのかもしれん。おいお前それ嘘だろと突っ込まれるのを覚悟して部下は言ったのかもしれなかったが、俺は何も言わなかった。そんなことよりも大事なことを考える。阿伏兎の誕生日っていつだっけ。
年齢がどうとか関係無い。なにかと理由をつけてあの星に呼び出しそのまま山の頂上から、突き落としてやる。大丈夫、跳ぶように飛ぶように、だ。見ようによってはバランスを取るため必死に身体をもがかせ転がる様も、そのように受け取れるだろう。
それとも明日俺と一緒にやっちまうか。阿伏兎には何色が似合うだろう。俺の青に加え二色にして虹のように美しく、見るものを虜にする魔性の色がいいなぁ。









[ 3/3 ]


[戻る]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -