心の奥に

糖尿病の気があると数年前の健康診断で言われてから甘いものは控えるようになったのだがそれを言うと、十年経ってもいまだほそっこいままのキミ成人男性としてほんとに大丈夫ですか?的男――黒ちんはえ、君がですかと、大袈裟なほどに驚いてくれた。かつての日々の中で一度も見たことないほどのそんなツラをかましてくれるほどビックリしてくれたんですかそれはよかった光栄です。写メっていいですか。

「当たり前だし。俺らもう今年三十路じゃん。さんじゅーってそんなトシだよ。悲しいけど脂肪は勝手に消えないのよ」
「寝るかお菓子を頬張るかしかしてなかった何事にもあまりやる気のない紫原君が、外資系一流企業に就職するくらいですしね」
「・・・何が言いたいのかな?」
「人って変わるものなんですねえ、と」

ほっといてちょんまげ。
黒ちんが、俺が勤めて8年になるこの会社に図書館司書として入社してきたのには驚いた。バスケットはもうやめていることは知っていたし、その理由の責任の一端は間違いなく俺も絡んでいるのだけど、だからこそそれからまた再会するだなんて思ってもみなかった。俺は高校を卒業したあと、完全に彼との連絡を絶っていた。他のキセキやらは厚顔に彼とちょいちょい交流を持っていたそうだが、俺はそこまで開き直ることができなかったのだ。
うちの会社に図書館なんかが存在することを知ったのは入社から6年が経ったとき、つまり割と最近。その2年の間に俺がこの場所を利用したことなど片手で数えられるほど、しかもほとんど仮眠室として使っていたのに一昨日、ふと気が向いてマルクスなんか借りようとしたのが運のツキだったのか。海外図書のコーナーで資料を並べている小柄な人影が俺の視界に入ってくるはずもなく、どっかのベタな漫画のように俺達は激突した。我ながら、気をつけてください、と当たり前のように気安い雰囲気で話し掛けてきた彼を彼と視認して、影が薄いのがいけないんじゃないのと同じような口調で平然と言い返せたのはすごいと思う。
結局意図せず再会により俺の頭の中はマルクスどころじゃなかったのだが、利用者が少ないんですここまた来て下さいね、と言った黒ちんの言葉を真に受けた形になり、昨日と今日とヒマを見つけては来訪したりしている。いやほんとはそんなにヒマでないんだけど俺優秀な社員だから。でも多少は無理を通せるような地位に8年かけて就いたこともまあ事実なわけで。

「緑間君はともかく君が、バスケ三昧だったくせに国公立の大学を卒業できるとは思えませんでした」
「・・・黒ちんは私立4年だったんだって?」
「はい。そこで司書の資格と教員免許他を取りました」

だからここに居るんですが、と言う黒ちん。学校図書館でなく企業図書館の司書になるのに教員免許って関係あるんだろうか。民間企業は専門図書館扱いですよと訂正がきたが俺にその手の知識は無いしこれからも不要である。
あまり黒ちんの「その後」の人生に興味がなかったので追及はしなかったが、考えてみれば俺以上に黒ちんも変な人生送ってると思う。羨ましさは、微塵も感じないのだが。
俺やキセキの世代と、昔呼ばれた人間には、黒子テツヤという人間に負い目がある。
それを負い目などとただ表現するのさえ良心の呵責があるほどに、絶大な――間違いなく黒ちんの人生は、俺達が狂わせた。
黒ちんはバスケが出来無くなった。
俺達が黒ちんからバスケを奪った。
才能だけなら、俺達キセキのほうが確実に彼より上だ。だけどバスケを愛することにかけては、足元にも及ばなかった。バスケットは黒ちんの生きがいであり、生活のすべてであることを全員が理解していた。
していた、のに。

ねえ、と彼に問う。
身勝手とはわかっていても、問わずにいられなかった。

「黒ちん。生きてて、楽しい?」
「死にたくないですよ、今は」

安心してくださいね、と微笑む黒ちん。
そっか、とそれだけ呟く。本当はもうここへは来たくない。黒ちんのことなんか忘れたい。そんな俺の本心を見透かしての言葉なのかは知らないが、俺はそれに少し救われてしまった。俺も厚顔なんだね、変わらず。



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