くだらない話を一興に

 これ駄目だろこいつ嫌われるだろと思いつつ俺にとっちゃ別にいやな相手でもなかった緑間真太郎は、順調に新学期からこっちクラスで孤立していたらしい。
 ニュース番組のお供で細々と続けられている占いコーナーを宗教のように崇めると言う圧倒的マイノリティ思考をものともせず自分のスタイルを貫きとおす奴の姿勢には、個人的には、好感さえ抱いていたのだが俺個人の感想を奴のクラスメイト39人までにその考えを押し付けるわけにもいくまい。人間には思考があるように思想があるのだ。神だって万人には好かれないのにどうしてちっぽけな男子高校生をみんながみんな好くことができるでしょうかなんて思っちゃう。だから緑間真太郎が体育の後更衣室に戻ってどれだけ探しても上着が見つからなかったり教室の最後列に座る奴までプリントがまわされなかったりなかなか班のメンバーが決まらなかったりいろいろあったらしい。情報源は緑間真太郎クラスの人間の俺の友達。
 緑間真太郎はそれら一連の、クラスメイトらの抜群のチームワークたりえる諸行を受けても、黙していた。
 緑間真太郎は目立つ。成長期の男子生徒の大半――それもおそらく全学年を含めて――が見上げなくてはならない長身や、清潔感のある髪、本人の理知的さを丸出しにしている眼鏡、その奥に隠された泣いているような整った顔、ミステリアスな左手のテーピング。それらをぶち壊す奇矯な言動。どの要素をとってもおおよそ無視できる存在感ではない。目立つ人間というものはただ立っているだけでも得てして敵味方を激しく分類するものだが、緑間真太郎の場合は味方と言う存在を限りなく薄めている結果となっていた。そうなると人間現金なもので、バスケットで奨学金を取ったわけでもなくあくまでも学力重視で秀徳高校に入学し式では新入生代表を講堂で朗々と読み上げた緑間真太郎の栄光までが奴のクラスメイトの鼻につくと言う風になるらしかった。緑間真太郎は性欲に忠実な人間ではないので、入学当時には殺到していた告白合戦をすべて一言の元に切り捨てていたことも要因の一つであろう。自業自得と言ってしまえばまさしくそのとおりで、本人ももしかするとその自覚があるからこそ、クラスメイトたちから何をされても無言で飲み込んでいたのかもしれない。多分イジメとかいうそのへんの悪行に分類される奴らのコミュニケーションはちなみに、暴力沙汰にまで発展したことはなかった。何故って、バストアップの写真では伝わらないだろうが、実際に目にしてみるとわかることだ。ぱっと見は勉強一辺倒のモヤシのようでも緑間真太郎と言う男はその実、前述した長身やら制服を脱いだとき明らかになる筋肉隆々さを持っているチートキャラであるからして、今流行のソフトマッチョ様如きではどうこうできるような相手ではないのである、いやほんと。ずるいよね勉強できるエリートバスケ少年って。
 まあかと言って緑間真太郎は別に血も涙もない冷血漢ではない、だからこそ占いに陶酔したりもするのだろうが、勉学を共にするクラスメイトに無視されてさびしくないわけではないのである。面倒くさく絡まれないからいいなんてものではないのだ、奴は一人なら一人で無限に時間を潰せるマイワールドを持ってはいるが、ああ見えてひどく人間臭い一面も持っているのである。現状のままではいけないと健全な15歳らしくあの鉄火面の下ではやきもきしていたに違いない。
 先に言ったように緑間真太郎のクラスには俺の友人も居る。緑間真太郎を取り囲む、つまり劣等感がウェイトをしめ奴とうまく接することも出来ない下々どものうちの何人かは「ああ自分、馬鹿らしいことをやっているな」という自覚もあるのだろうし、外部の人間である俺がその友人たちを通して一言二言言えば奴が今おかれている状況はかなり軟化するだろうと思う。が、俺に助けてくれなどと一言も口にしない緑間に俺が友人であるからと言うただそれだけの理由で手を貸すいわれなどない。死ぬほど追い込まれているのならどうにかしてやることもやぶさかではなかったが、奴のくだらないほどたっけぇプライドを無闇に刺激するよう横から口出しすることは憚れるのであった、といいつつ本音は見てて面白かったからだが。教室でなにがあろうと部活では奴はどこまでもエースさまなのだから俺への実害などないのだし。プヘヘ。
 などと部外者の権利で事態を静観していて事件は起こった。もしかするとどうにかできたかもしれないのに手を貸さなかった俺の所為と言うのも3パーセントくらいはあるかもしれないがやはり一番悪いのはいつまでも自分を殺さなかった緑間真太郎と奴から放たれるオーラを許容できなかった奴のクラスメイトだ。気づいただろうか、俺がさっきからべらべら述べていた孤立していたらしいとかいろいろあったらしいとか黙していたとかやきもきしていたとか、全部過去形だったことに。
 何をされても、少なくとも表面上だけは泰然と、悠然と振舞っていた緑間真太郎がついにぶち切れたのである。
 俺の名誉のために言っておくがそいつは俺の友人ではない、バスケット部員でもない。しかし奴のクラスメイトではあった。よせばいいのに馬鹿なそんな男子生徒がニ三人、奴の華やかしい中学時代の片鱗が掲載された雑誌を教室に持ち込んで、よせばいいのにぺらぺらそれをめくりながらこれみよがしに言いやがったのである。「なんだよこいつら、かっこつけすぎじゃね」「ほんとに強いのかよ」「うわっこいつ色黒ー」「こいつモデルだってよ。鼻毛書いてやろうぜ」「こいつでっけ。塗り壁じゃね」「このキャプテンとかマジエラソー」とか、そういう感じの、ちょっとかなり露骨に低すぎるレベルのもにゃもにゃを。よせばいいのに緑間真太郎はそれに反応してしまった。
 自分に向けられる羨望故の排他的行動に対しては耐え忍ぶことが出来ても、そんな挑発にもなりやしない小学生だってもっと達者なこと言えるよレベルのもにゃもにゃに、目の色を変えてしまった。静かに詰め込められていたストレスが一気に爆発したのか、緑間真太郎は椅子を蹴り倒して立ち上がり、渦中のクラスメイトたちにツカツカと近づいた。
 恐らく、奴の体格で器物損壊、けが人搬送までいかなかったのは俺たちとやるバスケットの存在がぎりぎり奴の理性をつなぎとめていたからだろう。俺たちとやるが蛇足ではないことを祈るばかりだが、奴に働いた理性のおかげで俺たちはどうやら不祥事ゆえの大会出場停止処分を受けずに済んだ。奴の暗愚たるクラスメイトは、ようやく気づいた。緑間真太郎にも踏み込んではならない一線が存在していたことに。発育のよすぎる体格へはいい。髪形も制服の着こなしも顔にも好きなように言え。占いへの批判も受け取り手が馬鹿だと解釈しもまあ許す。奴はきっとそうやってボーダーラインを引いていた。その線から外側はいくらでも許してやれていた、けれども、奴の左手と中学時代のチームメイトだけは、絶対に傷つけてはならなかったのだ。そのことに、クラスメイトたちは遅まきながら、気づいたのだった。
 以上が緑間真太郎が五月上旬に起こした事件。友人から聞いた顛末としては、一部からは腫れ物に触るように、一部からは現状維持、一部からは何故か人気が出た緑間真太郎の姿が件の教室で拝めるようになりましたよっという報告をば。事件は3日過ぎ一週間が過ぎするうちにいつのまにかなかったことのようになっていき、俺たち秀徳高校は滞りなく大会に出場することになった。黒子テツヤと言う、あれなる雑誌には影が薄すぎて載せてもらえなかった奴の最後のチームメイトともだから、滞りなく試合をした。そして改めて思ったね。キセキの世代と呼ばれていた緑間真太郎の当時の仲間への情は俺たちと言うものがありながらいまだ消えていない、だからこそのあの事件な訳だが、尊敬していると恥ずかしがり屋な奴が恥ずかしげもなく口にした黒子が載っていなくて、可愛い悪罵の対象とならなくて、本当によかったなと。うちの大事なエース様の大事な理性を壊すような人間が事件時に写真ですら登場すらしていなくて、本当によかったなあああと。あーイライラする。死ねよ。エヘヘヘ。



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