代わりを求めた僕への罰

 バスケで自分に劣るものは皆カスで、自分を超えるものには尊敬一辺倒だった黄瀬が海常高校で敬うことの出来る人間は皆無だった。三大王者という品格ある称号を得ている学校だからと多少は期待したのだが、主将以下、レギュラー、もしやと思って控え、補欠も余すことなく探したのだが、そのどこもにキセキの世代に並ぶ傑物や、また「彼」のような例外は存在しなかった。くだらない学校スね、とシャッターを下ろすのは入部後、顔合わせを兼ねて部員全員参加のミーティングを終えた瞬間であった。足引っ張らなけりゃいいか、とため息を内心3000回はつきながら表面上は「王者の風格満ち満ちたいい部活っスね!」とピカピカの新入生ヅラを遺憾なく発揮して讃えることを忘れない。「彼」が入学していれば、また違った感想を持ちえたのかもしれないが、情報収集能力にかけては他の追随を許さなかった中学時代のマネージャーが万全に尽くした結果、「彼」の行方はわかった。早く、迎えに行きたい。こんなくだらない学校、「彼」が居ないとドリブルするのにも身が入らない。さっさと、地位を確立しよう。キセキの世代が高校でも十全に通用するということを、学校全体に知らしめて、決して手放せない地位を得るのだ。そうすれば、他校生のひとり、勧誘することにもいちいち目くじらを立てられたりしないだろう。
 黄瀬は「彼」が欲しかった。どうしても。
 キセキが全員バラけた今なら、「彼」を、自分ひとりのものだけに出来る。中学時代黄瀬が憧れた、今や本人から当時の情熱は失せているが、確かに黄瀬をバスケに誘ったあの相手から、影になることを許されたたった一人の「彼」。思い上がっていた黄瀬に真摯な姿勢でそれを正したたった一人の「彼」。コピー能力に絶対の自信を持つ自分が、けれど一生真似することの敵わないたった一人の「彼」。
 「彼」はなにもかもが黄瀬の規格外で、だからこそ、見ていたかった。いつでも手を伸ばせる場所で眺めたり、肩を抱いたり、勉強を教えあったり、帰り道を共にしたり、好きな子の話を合宿の夜こそこそと話し合ったり、そういうことを、今度は、自分ひとりでやりたかった。無口で、賢くて、小さなあの存在を、そして力の強いあの瞳を、自分だけのものにしたかった。
 そのためには。
 笠松キャプテン、と声をかけた。学校から徒歩10分の賑やかなファミレスで、部内歓迎会を指揮する年上の青年は俺忙しいんだけどと言いたげな顔を隠そうともせずに振り返った。知ったことかよと黄瀬は思う。キセキ、彼らが重宝したマネージャー、そして「彼」、それ以外は実際、どうだっていいのだ、バスケで自分に劣るものは皆カスなのである。
 先輩、ともう一度声をかけた。ちょっとお話があるんス、外せないっスか?と可愛い顔とよく評価される笑みを作る。キセキの連中には全員キモいの一辺倒だったが、笠松には、おそらく海常の監督直々から黄瀬への対応をかたく言い含められているはずだ。笠松は短く、近くにいたレギュラーの三年生に声をかける。こっちな、と先導されたのに、大人しく笑顔で黄瀬はついてゆく。笠松は黄瀬が中学時代何度も掲載された雑誌にも載る好ポイントガードだ。名前を覚えてもいい、まだマシなほうのカスである。
 ファミレスを出て一息。中の賑やかな喧騒から離れ、車の通りも激しい往来のことである。制服姿の笠松は、なんの用?とたずねてきた。真っ当な反応だ。黄瀬がにこにこと笑いを固持し続けていたら、先輩の顔はだんだんと強張ってきた。
 なんて真っ当な反応だろう。目下からでかい態度をとられて、こんなときでも無表情を貫ける人間は少ない。自然笠松の口にも毒が帯びる。黄瀬は何故かわくわくしてきた。ただ単に地位の確立に役立つ要因を増やそうと監督の次に権力のある主将を引っ張り出そうとして今のうちから声をかけようとしただけなのだが。

「監督はともかく、俺らは別にキセキの世代の一員だからって、お前を贔屓するつもりはねーぞ」
「・・・・・・ああ、はい、それはこっちからもお願いしたいっス。俺チヤホヤされんのは好きだけど、別にチヤホヤしてくれって誰かに言ったことはないっスよ」
「はは。初対面でなんだけど、お前のこと早速嫌いになりそう俺」

(初対面でなんですけど、その態度はよくないと思います)

 懐かしい声が頭蓋骨に響いた。
 あ、と黄瀬は瞬いたが、あらたに自分の上に立つ存在は気づいた様子なく、小さく黄瀬を睨み据える。それは王者を統率しているという自負と誇りを滲ませた瞳だ。それがまた、だぶる。あの存在に重なる。

「俺だって、自分より強い人間に命令するような厚顔なまねはしたくないけどよ、主将なんだから指示は聞いてもらうぜ」

(ガラではないですが教育係になった以上、一言言わせてください)

 黄瀬は目を閉じた。耳に「彼」の声が蘇る。初めて会った日、そして黄瀬の価値観を変えた、あの試合で語られた声だ。黄瀬を諭し、糾した声だ。
 変えられる快感を味わった過去の瞬間から、「黄瀬?」という怪訝な声がかかり、未練を引っ提げ戻ってくる。渋々、目を開ける。モデル業で得た完璧なスマイルは、苦もなく今度も浮かんだ。なんでここまでやるのだろうかと、自分でもわからないことがあった。
 気づいたのは最近である。きっと、ねえ、黒子っち。

「笠松先輩、メアド教えてもらえないっスかね」
「はあ? なんで」
「好きなんスよ」

 「彼」のことが。
 黒子テツヤのことが多分、本当に。

(でもその負けん気は、買いだと思います)

 彼の瞳に少しだけ似ているのに彼とは違う人間を見ていると、その差異に戸惑って、彼への飢えが急速に増すとともに穏やかな心地になってゆく。予想外だったが、歓迎すべきことだ。さっきまでの、ただただ彼の存在のみを欲していた剥き出しの情動では、一目彼と再会した瞬間に自分がなにをするかわからない。本気で、好意だとか、怒りだとか、安堵感だとか、加虐心だとか、独占欲だとかを、どうにか、どこかに逃がさないと、いけないと感づいていた。どこに?
 どこに?
 彼は彼だ、二人とおらず、彼しかいない。だから代わりに、とは言わない。だって、たった今、見つけた。かっこうの存在を。

「好きなんスよ」

 せめて、せめて彼がこの手に収められるまでの、ほんのつなぎに。



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