渇望するめいめい

アニメ記念



むかしむかしあるところに黒子テツヤくんと言う存在感は空気並だけど一部の有名人から絶賛されるバスケットプレイヤーがおりました。
しかし黒子テツヤくんは突如姿をくらまし、どれほど彼の存在を希う人間たちが行き先を探したとて尻尾をつかませませんでした。
黒子テツヤくんが本気で雲隠れすれば探し出せる人間などいないに等しいのです。高校に進学したとてまたキセキの世代で時代を席巻しようとしていた彼らですが、方針を変えざるを得ませんでした。キセキの世代と呼称されていた一部の有名人たちは一校で再び力を振るうのではなく、行方が杳として知れない彼を探すべく進路を変更し、5人でそれぞれ別の強豪校に入学することを決めました。きっと彼らが選んだ5校のうち、どこかにはいるだろうと信じて。
しかし期待は裏切られました。中学時代のバスケットの華々しい成績を引っさげ志望校へつつがなく進学した彼らは、途方にくれることになったのでした。

   ◆

「どうしてそんなところに?」と素っ頓狂な声が黄瀬の口から漏れたのも無理からぬことで、彼は桃井さつきから携帯で聞かされたばかりの黒子テツヤの進学先をネットで検索してしまったのだ。誠凛というきれいな語感の無名の新設校。幻の六番目が?黒子っちが?俺らの黒子っちが?無名校に進学?なんで?家から近かったの?そんなのバイクの免許とって俺が毎朝家まで迎えに行くのに?と携帯を握り締め電波の向こうで右往左往してしまったのだが、桃井はその様子がつぶさにわかっているかのような口ぶりで「きーちゃん、落ち着いてよ」と宥める。彼女の視界では、顔だけは上等の同級生が捨てられた子犬のような可憐な瞳を潤ませてヒップホップダンスのように浮き足立った姿が見えている。長い付き合い、性差はあれども黄瀬の考え方は己のそれと割と似ていることも彼女は感づいている。キセキの世代の繁栄にその人ありと謳われたほどの観察眼は伊達じゃない。桃井自身、ありとあらゆる手練手管を用いたうえ担任の実家へ押しかけることによってようやく突き止めた愛しき君の行き先が聞き覚えもろくにない学校であったことに動揺を隠せず、ロボットダンスのようにぎこちなく帰路に着いたものであった。
「俺が迎えに行くっス!」
「きーちゃん」
「青峰っちはきっと、行かないんしょ?」
「……」
「だったら俺が、迎えに行かなきゃ。だって俺、黒子っちの一番の親友っスから」
桃井は彼が今どんな顔でその言葉を口にしたのか、目の前に居ずともはっきりとわかっていた。また、己もいずれそうするだろうなと確信していたのでとめることも出来ず、うん、じゃあ、よろしくなどと背中を後押しして通話を切ったのであった。黄瀬がどんな顔をして彼の前に姿を現すのかも容易に浮かぶ。きっと、再会できたことがうれしくてうれしくてたまらないという、女性の目を惹くとろけたような極上の笑顔を浮かべるのだろう。強欲な下心を隠して。彼は桃井が古くから知る黒豹の背中を誰よりも追った男だ。暴風雨のような激情を、あの端正な容姿の中で飼っている。


「どうしてそんなところに?」と冷静な彼にしては珍しく調子はずれな声が緑間の口から漏れたのも無理からぬことで、彼は桃井さつきから携帯で聞かされたばかりの黒子テツヤの進学先をネットで検索してしまったのだ。誠凛という整った語感の無名の新設校。幻の六番目が?黒子が?俺たちと共におらねば力を十全に発揮できない黒子が?無名校に進学?なぜ?家から近かったのか?いずれにしても馬鹿な男なのだよと携帯を握り締め電波の向こうで憤慨してしまったのだが、桃井はその様子がつぶさにわかっているかのような口ぶりで「ミドリン、落ち着いてよ」と宥める。彼女の視界では顔だけは上等の同級生が凄絶に眉根に皺を寄せ貧乏ゆすりよろしく体を神経質に揺らす姿が見えている。長い付き合い、人事を尽くしたあとの彼が自分の思い通りにならないことを大層嫌うことも彼女は感づいている。キセキの世代の繁栄にその人ありと謳われたほどの観察眼は伊達じゃない。桃井自身、愛しき君の行き先が聞き覚えもろくにない学校であったことに動揺を隠せず、夢遊病者のようにぎこちなく当の学校の資料を読み漁ったものであった。
「俺は関係ないのだよ」
「ミドリン」
「俺はそもそも、あいつとは気が合わないのだ。同じチームで闘うことにも限界を感じていた。別に、構わないのだよ」
「……」
桃井は彼が今どんな顔でその言葉を口にしたのか、目の前に居ずともはっきりとわかっていた。素直じゃ、ないんだから。そんな言葉を飲み込むしかなかった。緑間は誇り高い男だ。彼と再会した緑間は、しかし万感の思いを隠してただただ軽蔑しきったような眼差しだけを浮かべるのだろう。感情の奔流は緑間自身を苛まないだろうか。あの脆くて、誰よりも人間らしい泣き顔の彼を支えてくれる人間は、緑間を望念ごと支えてくれるだろうか。桃井はただ、それだけが心配だった。


「どうしてそんなところに?」と興味のなさそうな声が青峰の口から漏れたのは桃井の心を逆なでしたが、彼は幼馴染から聞かされたばかりの黒子テツヤの進学先を一応、とでもいうように反芻した。誠凛という無名の新設校。テツがねえ、と眠気を我慢することもなく大あくびで感想を述べる彼、桃井はその様子が苛立って仕方なくて「青峰君、もっと関心を示してよ!」と詰る。彼女の視界では顔だけは上等の幼馴染が、寝起きの黒豹のような雰囲気でゲーム画面を注視している。ゲームなんか、してる場合なの。桃井は彼が自分の行く志望校に対し他のキセキの世代の中で誰よりも適当だったことを知っている。とても長い付き合い、性差はあれども青峰の考え方はそもそも根本的に異なっている彼女は感づいている。キセキの世代の繁栄にその人ありと謳われたほどの観察眼は伊達じゃない。桃井にすら、理解できない枯れた彼の関心は、黒子テツヤにはもうないとでも言うのだろうか。
「まあ、生きてんならそれでいーよ」
「青峰くん」
「……」
「……テツくんが、それでも、一番会いたいのは、青峰君だと思うよ……」
「どのツラ下げてだろうな」
桃井は彼が今どんな顔でその言葉を口にしたのか、正面から見ずともはっきりとわかっていた。幼馴染のなかであの日々が消えたとは、思わない。彼ら帝光中学校の中でもっとも惹かれあっていた光と影が、このまま終わるとは思えない。思いたくない。青峰の体に再び命を吹き込む人間は、あの影以外に考えられないのだった。きっと大丈夫、また二人で笑いあう姿が見えるようになる。桃井は自分にそう言い聞かせ、そろそろ帰るねと腰を浮かせた。


「どうしてそんなところに?」とくぐもった声が紫原の口から漏れたのも無理からぬことで、彼はどうやらお菓子類を口にしながら通話に臨んだらしい。桃井さつきから携帯で聞かされたばかりの黒子テツヤの進学先をたとえばネットで検索するなどという殊勝なことは絶対にしないだろう人種なのはすっかり理解していたので桃井は追求せずに、さあねと答えた。誠凛というスナック菓子にはつかないだろう角ばった語感の無名の新設校。聞いたことないね、黒ちんも妙なところにいったもんだねえと携帯を片手にぼりぼりと口の中のものを嚥下している彼の心中を、桃井が察せるわけもなかったが「ムッ君、電話口でものを食べないでよ」と嘆願する。彼女の視界ではのっそりとした容姿に見合っていつまでも謎めき掴みかねる同級生が平時と全く変わらない顔をしている様子が見える。彼は秋田に行くそうだ。強豪校という点では確かに他のキセキたちとの進学先と遜色ないが黒子のことを果たしてどうこう言えるのだろうか。それなりに長い付き合い、彼のことを理解できる日は恐らく訪れないであろうことを彼女は感づいている。キセキの世代の繁栄にその人ありと謳われたほどの観察眼は伊達じゃない。桃井自身、別にプライベートで交友を持ちたい相手ではない。だって彼は桃井が家庭科実習で作った義理クッキーを一目見た瞬間に、受け取りを拒否した。なんなのよ。
「まあ、冒険して新設校選んで、潰れたらその程度の男だったってことでしょ」
「ムッ君」
「黒ちんのバスケって、俺らキセキの世代に胡坐をかかないと成立しないものだよ、桃ちんが一番わかってるでしょ?」
「……」
「赤ちんが買ってた彼だけど、俺は最後まで彼のプレイに関しては、好意を抱けなかったんだ」
一個の人間としては、まあ悪くなかったけどね。桃井は彼が今どんな顔でその言葉を口にしたのか、目の前に居ずとも、ぼんやりとだが、わかった。彼らのバスケットは、帝光のチームメイト同士で最も苛烈な平行線だった。きっと、いつまでも。バスケットを好きじゃないと公言してはばからない紫原にとっては、それは仕方なのないことかもしれない。実際、部活が介入しない帝光の同級生同士という関係であれば、キセキの中であれほど気の合う関係もなかっただろう。桃井はそれを思い出しながら、うん、じゃあ、またなどと気のない返事をして通話を切ったのであった。紫原はきっと、彼と再会しても、夏休みが終わって久しぶり顔を見合わせた同級生くらいのテンションで接するのだろう。それはきっと彼にしか出来ない。キセキの世代のなかでも紫原にしか出来ない、稀有な関係性を彼と築いていたからである。それを考えると桃井は猛烈に嫉妬する。私はそんな風には彼を見ることが出来ない。だから桃井は、紫原が苦手なのである。


「よく調べてくれたね」と驚きもなく落ち着いた声で赤司は言った。彼は桃井さつきから携帯で聞かされたばかりの黒子テツヤの進学先をネットで検索して、何だこの程度かと期待はずれだとでもいいたげな口調で嘆息したけれど、その口でしゃあしゃあとよくやってくれたねと桃井をねぎらった。誠凛というきれいな語感なだけの無名の新設校。せっかく練った計画を台無しにしてくれたテツヤにはどんな風にお礼をしようかなどと呟いて桃井の背筋をぞっとさせたのだが、赤司はその様子がつぶさにわかっているかのような口ぶりで「さつき、落ち着いてよ」と宥めてきた。彼女の視界では顔だけは上等の同級生が唇を三日月の形に吊り上げて笑っている様子が見えている。長い付き合い、この人に私の理解は及ぶまいと彼女は感づいていた。キセキの世代の繁栄にその人ありと謳われた男、赤司。桃井自身、彼の前では緊張を隠せず、ぎこちない口調になる。ただただ、逆らえない。激変した青峰のことを暴君だと評する人間は多いが、幼馴染から言わせてもらえば彼は君主たりえない。本当にその称号に相応しい相手は、いま電話口の向こうで笑っている男なのである。口調こそ中学当時から柔らかくなったものの、その本質は更にまがまがしくなっている。
「さつき。テツヤは東京都内である君たちの学校と先に当たるだろう。いいね、君の目から見たデータを逐一報告するんだよ。僕は君の観察眼を買っているからね」
「赤司、くん」
「僕の言うこと、聞いてくれるよね?」
「……」
「さつきはいい子だね」
桃井は彼が今どんな顔でその言葉を口にしたのか、目の前に居ずともはっきりとわかっていた。そして、携帯を握る手が震えることを自覚する。うん、じゃあ、またなどと早口で通話を切って、どっと汗をかいた。赤司のことだけは、桃井は深く考えたくない。紫原とはまた違い、彼のことを理解できないわけではない、だが理解できた先が、ああそうですかと簡単に頷いてやれるほどクリーンなものではないのだ。彼に関しては頭が考えることを放棄しようとする。あの矜持の高い緑間が唯一膝を折った男。黄瀬があの本質を模倣することは不可能だと言い切った男。彼は黒子テツヤという自分が見出した才能が自分を裏切ったことにひどくご立腹だ。桃井は怖かった。誠凛として闘うことを選んだ黒子テツヤが彼の選んだ洛山と当たり、制裁を加えられることを。青峰くんを元通りにという思いと、せめて青峰くんの手で、という思いとが桃井の中で相反しながらも共存している。テツくん、ごめん。自己嫌悪の嵐に陥りながら、桃井は膝を抱えた。

   ◆

むかしむかしあるところに黒子テツヤくんと言う存在感は空気並だけど一部の有名人から絶賛されるバスケットプレイヤーがおりました。
しかし黒子テツヤくんは突如姿をくらまし、どれほど彼の存在を希う人間たちが行き先を探したとて尻尾をつかませませんでした。
黒子テツヤくんが本気で雲隠れすれば探し出せる人間などいないに等しいのです。高校に進学したとてまたキセキの世代で時代を席巻しようとしていた彼らですが、方針を変えざるを得ませんでした。キセキの世代と呼称されていた一部の有名人たちは一校で再び力を振るうのではなく、行方が杳として知れない彼を探すべく進路を変更し、5人でそれぞれ別の強豪校に入学することを決めました。きっと彼らが選んだ5校のうち、どこかにはいるだろうと信じて。
しかし期待は裏切られました。中学時代のバスケットの華々しい成績を引っさげ志望校へつつがなく進学した彼らは、途方にくれることになったのでした。
なので彼らは、それぞれの思惑をもってして、黒子テツヤとの再会を夢見るのでした。



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