2012年をよろしく

東校舎の三階奥の掲示板には書道の時間にその授業を選択している生徒らが書いた作品が飾っている。紅の台紙に白い半紙が糊付けされたそれを西校舎で行われる音楽選択者である火神が見ることは偶然の一言でかたのつく話で、というのも部活中、二号という天敵から得意の脚力を使い必死に逃げ惑っていたからであった。
東奔西走し、あの無条件に冷や汗を促す動物特有の息遣いと足音をようやく振り切ったと思ったら気づかぬうちにこんなところまでやってきてしまった。奥まったところにある、火神が身を隠し息を整えた空き教室は立ち込めている墨のにおいや置かれている用具を見るにどうやら書道室だったようだが書道部は誠凛にはないらしく、それこそ授業でしか使用されないのだろう、隠れ家のような人気の無い有様である。入り口から顔を出しあたりを窺い犬の追尾が無かったことを確認し、廊下に出た火神が何気なく見た先にその掲示板はあった。
元来東棟は書道室、3年生のための教室や図書室などを内包する校舎であり、保健室や実験室なども大体西に寄っているため、普段ほとんど訪れることが無い場所であるだけに何かと興味深く、また二号からの逃避で高まっていた心拍数が落ち着いてきたこともあって、なんとなく火神はその半紙たちを見下ろす。アメリカでは漢字にミステリアスを感じるとかで体に日本語の刺青を入れているものも存外居たが、国籍が日本であってもアメリカ生活のほうが長かった火神にとっては読めないもののほうが多く、日本贔屓のアメリカ人にはよく嘆かれたことを思い出した。犬と己の名の一部である大の字が似ているとわかって悲しくなったのは、残念なことに火神の場合つい最近のことなのであった。
火神でなくとも訪れるものは稀なのだろう、廊下全体に人が通った気配が薄い。それにしてもこんなところにひっそりと展覧されているなんて書道の授業教師は随分とやる気が無いんだな、と思いながら来年の干支にちなんでか火神でもなんとか読める動物名が書かれている作品を見ていると、中にものすごく見慣れた名前があった。

黒子テツヤ。あいつも選択してたのか、とチームメイトへ向ける目で改めて彼が手がけた字を見た。
「うわ」
汚い。
小さい横長の掲示板いっぱいに張られた全部あわせても10枚足らずの半紙たちだが、中でもひときわ歪んでいて汚いのがよりにもよって黒子の作品だった。火神には達筆、と俗に言われる字と子どもの落書きとの違いにすら鈍感だったが、その目で見たとておせじにもうまいとは言えず、それだけに意外であった。黒子の字とはこういうものだってであろうか、もうちょっとちまちましていて、きれいではないにしても丁寧な筆致ではなかっただろうか。やっつけで授業をのきりるような男でもなかったはずなので、ますます不思議なことである。
なんだか憎しみさえ篭っているような気がする。はて、そんなに嫌悪をあおるようなものを表す単語ではなかったはずなのだが。むしろ火神としては荘厳で、勇壮な力強ささえ感じられる言葉であると認識していた。
二号がおとなしく小屋に戻っていると信じて、俺もそろそろ戻るか。黒子がいたら、聞いてみよう。火神はそう思って、恐る恐る踵を返したのだった。

彼の背後には「辰」、という今年の干支が、ずらりと並んでいた。






おめえのアメリカでの幼馴染兼兄貴分なんて名前か言ってみな



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