傲慢なこどもたち

写真というものは確固として存在する事実をいかに美しく演出するか、が要なのではないかと私個人は思っている。ことに自然物に対してレンズを向ける場合だ。
写真部に入って二年と少し、カメラ経験もそれくらいな私が勝手に明言している意見なので異論は認めるが、だって考えてもみろ花なんてそこらへんに咲いているし、鳥は飛んでいるし、雨は雲があれば降るし、そろそろ雪も降る時期だが、月は毎晩のように満ち欠けする。そこに人間の意志など必要なく、また、あるがままに勝手にそれらがやらかしてくれているのだから改竄という意味で手をつけるのは野暮というもので、せいぜい採光を整え色味を彩るくらいしかするべきではないとデジカメをぱしゃりとしながら思う。弱小文化部ゆえ部員数は私を入れて4人しかいないが、弱小ゆえに部費がなかなか下りず一眼レフなんてものはそんな人数分すらまかなえぬので3年生以外は自前のカメラである。おととしのお年玉で買ったこれはその数ヵ月後に早速使い道があったので、もうだいぶ表面に細かい傷が入っている。部として一番初めの活動、学校の花壇のチューリップを撮ろうとしたとき危うく蜂に刺されそうになったのもいい思い出である。しばらく鼻に絆創膏生活だったけれど。
まあそんな些細な痛みを乗り越えて写真家とは成長してゆくもので、入部当初そんなハプニングに苛まれても辞めることのなかった私は前述したように偉そうに講釈をたれることも厭わない弱小写真部の二年生であり、今後転身することもないだろうと思っている。
6時間目の授業と終礼がさっくりと終わり、部室へ鼻歌交じりに行くと、4人中2人がそろっていた。部長と後輩である。二人とも男子生徒であるのだが、何故だか部長が後輩を押し倒す形になっており、後輩の衣服が必要以上に乱れていた。極端に二人の顔が近く、これが男女であるならばちょっとイチャツクンナラヨソデヤッテクダサイヨ!と赤面してしまいたくなるくらい、まるでいざ事を致そうとしているようにも見えるのだが、まあ男同士なので普通に上の棚にある資料を取ろうとしてこけたのかなんかそこらへんの理由だろう。

「田中」
「は? はい部長」
「お前、俺と鈴木のこの構図見てどう思う?」
「口臭とか…平気っすか」
「お前、今日の課題。風景ばっか撮ってないで人物撮って来い」
「え嫌です」
「お前に拒否権はない。このままでは廃部になるぞ」
「ハイ?」
「由々しき事態だが、今ここにいない木村が退部することになった。うちの学校は部活動は4人以上の部員が必須であり、このままでは部の存続にかかわる。そこでだ、田中。お前はほんっとうに、面白みもない自然物ばかり撮っていやがるが、風になびく花弁の様子、鳥の羽ばたきの躍動感、雨の寂寥感、月の幻想感はとてもいいと思う」
「はあ、あざっす」
「だがな、お前のそのデジカメの能力は、決定的に、風景と合っていない!」
「がーん!」
「これは俺の持論だが、風景とは連続撮影が命だ。そのデジカメ、この前お前がトイレに行って入れる間に調べたがそのデジカメ、笑顔機能とかあるじゃないか。どう考えても対人間向きだろう。顧問も言っていたが田中、お前は写真を始めて数年の割には才能がある。もしかすると、俺よりも潜在能力を秘めているかもしれん。頼む、田中。俺のため、鈴木のため、部のため、そしてなによりお前のために、風景画を撮ってコンクールに応募してなんかの賞を撮って部員を獲得して助けてくれ」
「部長とか鈴木君はやらないんすか。あ、鈴木君は幼稚な写真しか取れないし部長は猫のスカトロとか意味わかんない写真ばっか撮るから顧問から期待されてないんでしたね」
「お前殺すぞ」
「部長、腕プルプルしてますけど大丈夫っすか」
「それはお前には関係ない」
「田中先輩、がんばってきてくださいね!」

鈴木君のいい笑顔で送り出され、さてどうしたもんかと私は腕を組んだ。別に部活がなくとも写真は撮れるんだが、現像費などを肩代わりしてくれる期間の損失は私の財布の中身の損失につながるのである。それは困るので、まあ部長たちのお願いを聞いてやってもいい。新たな境地を開くという意味では一回くらい挑戦してやっても別に私に不利に働くわけでもないことだし。が、なんせ放課後なのである。基本的に授業が終わった生徒はさっさと帰宅し恋人たちといちゃいちゃいちゃいちゃケッするか、だらだら漫画でも読むか、ピコピコとゲームでもするか、ゲーセンでもいくかまあそんなところだろうし、撮るべき人間すらいないのである。校内を練り歩くも、空き教室は鍵がかかっているか金のないギャル共がお菓子を囲んでぎゃらぎゃら大笑いしているかの二択であって、そしてそういう人種をはピースサインとかカメラをバリバリ意識したようなポージングをしてくるので、私の自然主義にはあわないのだ。先生でも撮ればいいんだろうが、この時間帯では職員室で事務作業しかしていないだろう。地味なのである、絵面が。どうせ撮るなら若い方がいい。かと言って、部活に追われているもの以外生徒なんて――
そうだ部活動をしている生徒を探せばいいんだと気づき、どうせならほっといても勝手に躍動してくれる運動部を撮ろうと決めた。同時に、この時期は外気が肌寒いので体育館に行こうと決めた。なんて安直な、と責めてもらいたくはない。写真を撮るのは前述した蜂の攻撃のように何かしらのリスクを負わねばならないのだが、出来ることなら指がかじかんでシャッターをきれなくなるなんて事態は最小限に抑えたいではないか、ねえ。体育館へ向かう道中、グラウンドのランニングから戻ってきた女子バレー部と合流し、その中に数人いた田中お疲れーと声をかけられながら、あバレー部っていいな、ゲームのテンポも速いしとまたまた思いつく。体育館前で号令をとる部長さんにすみません断りを入れて、これこれこういう事情なのでバレー部撮っていいですかと嘆願する。部が出来る時間があと30分しかないし部内練習の光景でよければどうぞと言われたので、ありがたく受けることにする。――まだ4時半なのになんであと30分しかないんだろうとちょっと不思議になったが。
友人たちは照れるなーなんていいながら、私のことは空気だと思ってくれという指示通り、レンズを意識してかぎこちなかった動作も滑らかになっていき、私は夢中でデジカメを操作しまくった。私は小動物の脱糞シーンを生体がもたらす至高の芸術だとか意味わからないことを真顔でのたまう部長のことを正当な意味では一切尊敬していないが、今回ばかりは命令を聞いていてよかったと思う。木の葉のかすれる音を聞きながら舞い散る一葉を画面に納めることも楽しかったが、人の予測のつかない動きをなんとかフレームに魅力を損なわせないまま注ごうと苦労することも面白かった。夢中になりすぎて、ポールやネットの撤収作業に入られたときも構わず撮り続けたくらいだ。ホクホクしながら、私は解散を宣言した部長さんにお礼にいった。

「部長さん、ありがとうございました! バレー部を撮らしてもらえて、なんていうか勉強になりました!」
「ああ、田中さんだっけ。こちらこそありがとう。貴重な経験だったよ」
「……あの、部長さんって本当にうちの高橋部長と同い年ですか? 大人ですね…」
「あいつと同じ扱いはしてほしくないけど、田中さんのおかげで、特に二年生の動きがよかったよ」

カメラ以上に、友達にいいところ見せたかったんだろうね斎藤たちは、とボールを回収している友人たちの名前を出されつつ言われてカメラを扱う人種以前の、人間としてのところで照れてしまった。部長さんがすらりとした日本人的美人な事もあってか無性にドキドキする。

「で、でも30分とかあっという間でしたね! もうちょっと見たかったです! あ、現像したらまた写真持ってきますね!」
「そう言ってもらえると嬉しい。でも、ごめんね。次の部活から予約があるんだ、ここ」

え?
予約? ていうか次の部活ってなんですかと聞き返そうとした、そのときだった。
体育館の扉が開いて、まるでドラマを見ているように、私の目は自然とそちらにひきつけられた。

「黒子っち! 今日は俺とコンビっスよ!」
「黙れ黄瀬。赤司が生徒会の用事で居ないからって調子に乗るんではないよ」
「大丈夫だよ、緑ちん。黒ちんと黄瀬ちんのタッグなんて俺と青ちんがひねり潰すから。面倒だけど」
「今日は敵同士だな、テツ。楽しませてくれよ?」
「皆さん、まだ前の部活の方がいらっしゃるんですから、お静かに」

髪の明るい少年と、神経質そうな眼鏡の少年と、見上げるような背丈の眠たげな少年と、褐色の肌の少年。
それらの少年たちに囲まれ存在をかき消されそうになっている、一人色素の薄い小さな少年。
女子バレー部の部長さんには説明されなかったが、名前だけなら入学当初から聞いたことがあった。
学校内外からキセキの世代と評価される、帝光の名を全国に轟かせた6人の中の5人がそこにいいた。
最上級生の少年たちはうちの部長とその存在感は比べるべくもないが、部長と鈴木君のように親しげに、5人で和気藹々とアップを始める。3軍まであるという大所帯は全員がコートの中に入れるわけではないらしく、ほとんどが応援要因だった。
アップを終えて試合の隊形に分かれた、上澄みの彼らの動きたるや、どうして私のデジカメには連写機能がないのだろうか、と歯噛みするしかなかった。部長、風景ではない、人物描写にこそあの機能は居るんですと思いながら、誰にも断ることなく、私は彼らを収め続けた。

いつしかバレー部の人たちは一人もいなくなっていた。追い出されてしまった、のほうが正しいのだろう。私がそれに気づいたのは随分後のことで、先ほどとは比べ物にならないくらい、少年たちの動きに魅了されていた。
やがて、撮りすぎたのか画像がいっぱいです、と警告音とともに画面に表示される。私はまだ、足りなかった。迷ったのは一瞬だけだった。ごめんなさい、友人。部長さん。バレー部に写真をお届けできる写真は、一枚も残らないかもしれません。私自身も、今後風景を撮る機会は激減するかもしれない。
でも、きっと写真部には入部希望者が増えるだろう。彼らを合法的に写真に撮ることができるのは、私たちだけなのだから。



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