抱きしめるのにちょうどいいサイズ

忍術学園卒業後初めに仕えた城が落とされて、亡命を望まなかった主も守りきれず、呆然としていたところを包帯まみれの男に拾われて今に至る私は現在タソガレドキの名も無き忍びである。前の城を守りきれなかったときに名前も一緒に消えたので名無しなわけだが、もし不都合があれば人形君とでも呼んでいただきたい。ちなみにこれは忍者かくあるべしという卑下からくるあだ名ではなく由来は私が常時親愛なる組頭、雑渡昆奈門ギニョールを携帯しているからである。あのカリスマを商品化したら売れるんじゃないかとタソガレドキ城購買部が血迷った結果出来たそれは畜生、とある学園の保健室へ足繁く通うのに忙しい組頭に寂しさをおぼえた部下たちの間で大流行。近々発売が囁かれている、包帯を外せる新型は無論のこと予約済みである。
「組頭がまたあの学園に行ってきたってよ」「そういやお前、あそこの卒業生なんじゃなかったか? 後輩誘ってこいよ」「駄目駄目今のタソガレドキ評判悪いし後輩たちをそんな道には誘えません」「まあ評判は悪いな確かに」「どっちかっつーと組頭の人望だよな、ここに居る理由」「ああ組頭まじ愛しい」「組頭写真集とか出ねえかなー給料つぎ込んで買うのになー」「無理無理組頭いつもだらだら寝てるように見えてカメラ向けるとパッと消えるもん無理」「実行済みかよ…」とかいう会話がひそやかにまかり通るくらいにはタソガレドキ忍者隊の面々は組頭へ心酔している。忍者といえば主が意志を行使するための手段であり政策などを滞りなく執り行うための道具だ。陰の存在である筈の忍者、その筆頭の組頭を模したギニョールをなんと城が堂々と謹製しているのだから、あれ世間一般で言う忍者とはなんであろうかと暫し考え込んでしまうのものの実際寂しいもんは仕方なくてそうつまり仕方ないのだ。
小頭たち、山本さん高坂さんといった組頭の腹心以外はことあるごとに自己売り込みに躍起になる程、百人からなる部下に慕われる組頭に声をかけてもらえる機会はそう無い。ぶっちゃけなにかと目をかけられているチョー君なんか憎たらしくてならないけれど、組頭のお気に入りである彼に、取り入る気にもならないが危害を加える気にもならない。他人を羨む暇があれば己を磨くべしと理解している。大体チョーくんは組頭の使った包帯を細切れにしたお守りを売ってくれるので手出しなんかできるわけが無い。とりあえず雑渡君人形で夜な夜な楽しむくらいで満足。ほんといいところに再就職してしまったよ自分への罰に地獄に落ちたつもりで悪名高いタソガレドキに仕官したのに待ってたのは結構極楽で、この様子じゃ今後何があろうと忍び人生に悔いなくうっかり逝けそうである。
少なくとも前職のような血を吐く思いはせずにすむだろう、だってこの職場にいるのはみな忍者だ。しかもタソガレドキは全国に名高い精鋭部隊である。自分の身くらい自分で守れるし、守れなかったら所詮その程度の忍びだったのだと切り捨てられる。
全員道具なのだから。
大恩ある人間が死んだときに感じるあの言い表しがたい感情は沸かずにすむ。

「ねえ」
「ん?」

忍務も無いのでと、城の休憩室で他に人影が無いのをいいことに雑渡君ギニョールをぱくぱく動かしてみたりぱたぱた揺らしてみたりしてなんだか熱中しているところへの呼びかけに対して普通に振り返ってしまったのはわけがある。タソガレドキには忍びの村があり、本来タソガレドキ忍隊に入隊できるのはその村の出身者だけなのだが、外様の私にもみんな分け隔てなく接してくれるのだ。気軽に声をかけられたので気軽に返答してしまったのだ、が、相手が誰であるとは考えていなかった。

「くっ…みがしら」

あわてて雑渡君人形を背後に隠したが遊んでいたところは気配を消しながらしっかりばっちり見られていたことだろう。包帯で全身を覆うもなお生命力に溢れたみんなのアイドルみんなの上司は、生をかき消すのが極端にうまい。「おはようさん」と気さくに声をかけてこられるが、自然と背筋が張る。手負いの狼が眼前にいるかのような緊張感。
と同時に陶酔。ああ組頭今日もかっこいい。

「忍者がこれくらいでいちいちビビってちゃ駄目だよ。非番なのにここにいないってことは、尊奈門はまた土井先生のところ?」
「と、聞いてます」
「そう。羨ましいから私もこっそり保健委員さんたちに会いに行こうかなと思ったんだけど。一緒に行くか?」
「私がご一緒しても?」
「お前、忍術学園の卒園者じゃなかったっけ?」
「ご……」

ご存知で、という声は、恥ずかしながらちょっと掠れた。
どうしてこんなことを組頭がご存知でいらっしゃるのでするかううああ。と頭を抱えながらじったんばったんしたいところを堪えられるのだから忍者ってのはすごい生き物だと自画自賛する。心の動揺は完全に隠したつもりなのだが、組頭はすべてお見通しだと言う笑い声を上げる。勝てるわけが無い。俺が仕えるお人だ。
私を拾ってくれたお人だ。
前職の主と同じほどに大恩はある。
だが、この人は城主ではなく忍者で道具で、そして誰かに負けることは無いだろう。
この人は俺の目の前で死ぬことは無いだろう。
幸せだ。

「組頭愛してます」
「ありがと。なら私の為に死んでね」
「勿論です!」

道具なのに愛せる道具ができた。幸せすぎて、ほんとうっかり、逝ってしまいそうである。
いや、新作雑渡君ギニョール包帯取り外し可を手にするまでは死ねないんだけどね。

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