十四歳のつまびらかな禍根と要因

穴に落ちると、何故か壁を殴る格好をしていた食満先輩がいた。

「よお、竹谷」

いつものように後輩達が寝静まった夜中に、俺竹谷は毒蜘蛛捕獲のため奔走していたのだが、闇夜で穴周辺においてあるはずの目印を見落としたのだ。虫の気配ならわかるし月あかりの無い夜でもなんとなく見えるのだが、石や枝といった無機物相手にはそうもいかない。
そういう目印が見えないという可能性を考えていなかった自分が悪いのだが、用具委員会委員長のと深い穴に二人という状況に、綾部あの野郎と内心毒づかずにはいられなかった。
新月の夜の土中という、限りない闇の中でも星明かりを頼りに生物相手ならなんとなく様子が察することが出来る。忍者として優れた能力だと教師からは手放しに絶賛されるが、別に動物や虫類を追いかけ回しているうちに、あくまでもなんとなく感じることができる程度なので褒められると逆に困る。たいていこうして、貧乏籤を引かされる結果になるのだし。
貧乏籤。
夜に眠い目をこすりながら探しもの、穴に落ちて揚句に食満留三郎と対面。
サイアク。

「・・・先輩いつから居るんスか」
「ん? 星の位置見てたけど、大体二刻くらいか?」
「にこ・・・っ」

こんな真っ暗な穴で馬鹿じゃないのかと思った。二刻前なら就寝時間もまだだ、大声で呼べば道を歩く誰かに気づいてもらえたかもしれないのに馬鹿だと、思ったがまさか直接言えるわけもなく咳ばらいをしてごまかす。秋口でよかったね凍死することは無いだろう。
穴の構造上仕方ないのだが、先輩との距離は目測二十寸程しかなかった。近い近い。ただでさえ狭い穴なのに途方も無い息苦しさを感じて、出来るかぎり遠ざかろうとするが、すぐに土壁が背中に当たる。

「ここで待ってりゃ伊作が来るかもと思ったが、意外だな。お前が来たのか竹谷」

痛むのか、落下してきた俺と衝突したデコを押さえながら呻きつつ言った先輩に、「善法寺先輩が来たらなんか状況が変わったんすか・・・」と同じく額を撫でつつたずねる。事もなげに、「伊作が居たら、何がなんでも脱出させてやらねばって燃えて普段の何倍もの力が出るんだよ」と返答をされた。
この人ほんと同級生に対して過保護過ぎやしないかと思うのだが周知の事実をいまさら本人の前でほじくり返しても面白くもなんともないのでへーと相槌ともつかない吐息をもらす。
忍者学園随一の天才トラパーである綾部手製の落とし穴を中からよじ登るのはプロ忍者とて骨が折れるという。額をさする先輩の爪を見ると泥で黒ずんでおり一応登ろうとはしたみたいなのだが、現在はやる気なさそうに足を投げ出しており、諦観を決め込んだ様子。狭い穴なので気を遣って正座してしまう自分が嫌だ。朝になったら誰か見つけるだろうという希望的観測で言っているらしいが、一晩この先輩と過ごすかと思うと嫌で堪らない。

「まあでも、他の穴に落ちてるんじゃなけりゃ、伊作はちゃんと部屋で寝てるんだろ。ならそれでいい」

あっけらかんとでもいうのか、この状況にさして不都合を感じていなさそうな先輩の態度が、余裕ぶっているように見えて好きじゃない。

「・・・よかありませんよ。俺の為に頑張ってくださいって。俺、今毒虫探索中なんですからね」
「はあ? また逃がしたのかよ用具委員がカゴつくってやったろうがてめえはほんと無能だな」

カチン。
同じ穴で成す術も無く座り込むしかない彼我のどに違いがあるのか。思わず立ち上がり、先輩を見下ろす。

「言うに事欠いて、無能!? なら先輩はなんで落ちたんスか!」
「伊作と喧嘩したんだが、」
「は!?」
「どう謝ろうかと思ってあちこちウロウロしてたらなあ、なんか落ちちまった。ハハッ」
「・・・・・・」
「この際ここでじっくり考えようと思う」
「馬鹿かーーーーーーーー!!!」

叫んでしまった。
しょうがないと思う。

「ってめでけえよ狭いのに声が阿呆か死ね!」
「このっ野郎っ! ここに居たいんならアンタ一人で居ろよアンタはなんだって昔からそうなんだ、ああ腹が立つよ本当に! なんなんだよ善法寺先輩やチビ共には昔から優しくていいお兄ちゃん面してるくせに、なんでアンタは俺ら五年にはよぉ・・・!!」

思い出すととまらなくなった。
食満先輩が二年生だった時に、一年生だった俺はすごくいじめられたものだった。
一歳下にも拘わらず彼より既に二寸程高く育っていた身長のせいなのだろうかなんなのか、しかしそんな俺自身にはどうしようもねえ嫉妬で生意気な奴だとか嫌味言われたり小突かれたり夕飯のおかず一品取られたり、年長者であることを鼻にかけさんざんに振る舞ってくれたのだった。
そのくせ現三年の富松とか、一年の喜三太やしんべヱにはでれでれで、優しいお兄ちゃんなどと表されているふ・ざ・け・ん・な!
食満先輩は悪びれもしないで言った。

「だってお前ら可愛くねーし」
「こ、このエコ贔屓偽善野郎が・・・っ」

虎若と三次郎をはじめとする一年は組はほんとめっちゃ可愛いね確かに贔屓しちゃうのもやむなしだよね。
だが、四年生に対してどんな接し方をしてきたのかはしらないが、少なくとも俺が五年生がこぞって用具委員会加入を拒否した理由は推してしるべしだ。
友人にして千の顔を持つ男、鉢屋三郎などは、食満先輩は「自分がなく薄っぺらい人間だから気に入らない」と言っている。変装の達人は他人の内面もよく見えるらしい。
潮江先輩(ギンギン石頭)や立花先輩(ドS女王様)や七松先輩(イケドン暴君)や中在家先輩(もそもそ公爵)や善法寺先輩(不運王)がそれぞれ自己を確立している中、個性を溢れさせている中、彼だけが伊作先輩に依存しているようにしか思えないんだとか。
なるほどそうだな、と思ったものだった。
誰かの存在なくしては自分を保てない薄っぺらい個性しかない人間なのだろう。
そんな薄っぺらい人間相手にずっとずっと、俺は苦しめられている。

「まあ、」
「・・・はあ? なんか言いました?」
「お前耳悪いな、もういいからお前だけでも出ろ。夜も更けてるのにぎゃんぎゃんうるせぇし。耳障りだから出してやるよ」
「ど・・・っ」

どうやってなのかどうしてなのか、どっちを言おうとしたのか自分でもわからないままとりあえず出そうとした答えは「どうするんです、先輩は?」で、つくづく自分のお人よしさを恨んだ。食満留三郎がどこでのたれ死のうがどーでもいいってのに。

「お前の背丈と跳躍力なら、肩車でもしたら出口付近届くだろ。あとは自力で登れ」
「肩車・・・っておい先輩無視スか」
「ちっ」
「舌打ち!」
「俺は外部からの連絡を待つ。動けねえしな」

え、と呟くと同時に、何故先輩がだらしなく足を投げ出しているのか、理解できてしまった。

「俺が落ちてきたから!?」
「でかい声出すなって阿呆!!」

ひょっとして先輩の足を踏んだのかと這いつくばって食満先輩の足を触診しようとしたのだが手加減なく頭を殴られ、おまけにそれが先程ぶつけた額あたりに着弾したため悶絶する。そうだね俺のせいなわけがないね、俺が落下したのは頭からで着地したのも頭だったね。そうだったね。

「ってことは先輩が落ちたとき勝手にくじいたってことっすねプップーだっせえー」
「黙れってうるせえ」
「それでも忍者なんですかあ? 受身のひとつも取れないで卒業後大丈夫ですかあ?」
「うっぜー」
「つーかそれでどうやって肩車とかするってんすか。冗談じゃねえよ、おとなしく寝とけ。朝になったら俺が外まで聞こえるようにわめいてやりますから」
「…つれえ…お前と朝まで二人きりとか…」
「そういう言い方すんのやめません鳥肌立つんで」
「お前と居ると限りなく無気力になる」
「なんだそりゃ」
「あ、竹谷お前。毒蜘蛛何匹逃がしたって?」
「俺じゃなく孫兵ですから。いや、あいつほっといたら寝ずに探そうと言うので無理やり寝かしつけましたけど。虫かごから脱走したのは五匹、うち四匹は回収済みっす。あと一匹ってところで、ここにどーん。それが?」」
「お前って昔から元気いっぱいだな」
「いきなりなんすか・・・自分が無いにも程があるんじゃないんスか?」
「なんの話だよ。うぜーよ見んな」
「アンタ以外に見るもん無いんですよ。上見ても空しいし、左右見渡しても土の壁ばかりだしそこの岩肌がなんか人の顔に見えて怖いし」
「おいそういうこと言うな。お前はなんでそうなんだ」
「俺がこんなになったのは先輩のせいっすよ」
「はあ? 俺のせいって何だよ、知らねえぞ」
「アンタは知りませんよ! 俺のこと見てなかったから!」
「うる…」

そんなにうるさいうるさい言うならいっそ耳元で怒鳴ってやろうと、先輩の状態に抱きつく。肩に顔をうずめると服に汗と土と血と生き物のにおいがしみていて、それはましく、生々しい「生物」のにおいであり普段俺の日常になじみあるもの過ぎて、苦手な人間への嫌悪感もこの瞬間ばかりはなりをひそめていた。勝手な劣等感を抱かれていただけあって、抱きしめた食満先輩は改めて、俺より小さかった。俺より大きかったら今の俺がこんな思いをしなかったのではと思う、思うのだが、今だけは忘れてやることにした。今だけは。
先輩の体は小さいのに俺以上に熱かった。

「…俺が面倒見いいなって先生に言われるようになったのは疎ましくて仕方なかったアンタが、俺に、その背中を見せるからだ。うざくてうざくてたまんねえのに、俺の中で年々、どんどん存在が大きくなりやがって。くっそ、薄っぺらな正義感と常識と浅ましい人間性しかないくせに。俺に冷たく当たったなら他にも冷たくしろよ、なんでその下のチビたちには優しいんだよ、なんでお兄さんしてるときのアンタはかっこいいんだよ! まねする気なんかなかったのに、気づけば新野先生にも善法寺先輩にも食満と同じように無茶しちゃ駄目だよなんて言われる始末。違うんだ俺は、そんなことをするつもりなんかなかったんだ。あんたのようになるもんかとばかり思っていた、自分の後輩にはこんなおもいをさせてなるもんかって。違うんだよ、違うんだよ、俺はただ、ガキの頃から、アンタに、普通に、……くそっ」

もし今更慰撫するように背中に手を回されたり「竹谷…」とか戸惑った声で名前を呼ばれたりしたら、冗談じゃなく今までの鬱憤を込めて体格差に任せた死ぬかもしれない一撃をその脳天にくらわせるつもりだったのだが、自分が無いことに定評がある食満先輩にはそもそもそんな考えすらなかったようで、相変わらず両の手はだらんとしていてあの低い声を出すこともしなかった。それはそれでまた腹立たしいのだから結局どうされたかったのかはわからないのだが、とりあえずこの先輩と相容れることは今後もなさそうだなと確信を新たにした。ようやく本人の前で吐露できたと言うのにさして遺恨は晴れぬまま、むしろますます濃くなった気がする。しかもなんの感慨もなさそうに先輩は俺の名前ではないことで、声帯をふるわせる。

「秋口でよかったな、凍死するこたねえよ。ただすげえ暑苦しいからいい加減離せ」
「…はいはい」

先輩が心なしか青ざめてはあはあ言っててこの失礼な男いっそ死んでくれれば泣いたりもできるのだろうが、と思案したが潮江先輩と一緒に乱闘騒ぎを起こす彼は生命力に溢れててどうにも死にそうにもなく、この先輩が卒業するまでは俺の禍根も消えないのだろう。こんなことなら先輩自らが口にしたように肩車でもなんでもしてもらってさっさとこんな穴倉脱出して岩で穴をふさげばよかった。心配して見せたところで感謝もされていないようだし。

「・・・あ、そういえば」
「しかしお前、すげえな。俺はもう割とあきらめてたし、如来ってやつは伊作みたいなもんだと思ってたんだが」
「何いってんすか? 俺は夜でも生き物相手ならなんとなく姿が見えますけど、先輩はどうしてすぐに落ちてきたのが俺だってわかったんですか」
「馬鹿かお前? 二刻も穴ん中いりゃ、そりゃ目も慣れるわ」
「あ・・・っそースか。ハハ可愛くねー」
「可愛いないのはお前だっつーの。ほんっと図体ばっかでかくなりやがって、可愛げのかけらもありゃしねえ。けど、お前にゃ頭突きとかしまくったからな。髪の毛の感触とかで、多分目が使えなくてもわかっただろうな、お前相手なら」
「………待って先輩、どうしたんすか。なんか、さっきより息上がってませんか。そういや体も、さっきくそ熱かっ…」 

動けない。
発熱している。
息が荒い。
声を異様にうるさがった。
血のにおい?

「は、……え?」

六年生が穴に落ちたくらいで受身もとれないわけがない。
俺が探索していたものは、なんだったんだ。
俺が夜でも探せるものは生物だけで、死体となった蜘蛛までは、捜索できない。
どうして俺が落ちてきたとき先輩は、壁を殴っていた?
まるで、なにかを潰すかのように。
思い至ると、刺された覚えも無いのに体が震えだした。なんてこった、なんて無様な。
一つのことに捕らわれて何も見ていなかったのは俺のほうじゃないか。

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