十四歳のとめどなく不全な思惑

授業が終わり、委員会の時間。
各委員会に割り振られた部屋への道を辿るこの時間はいつも、そわそわする。

「俺はくさくさする…」
「ああ竹谷は確かに変なにおいだよね」
「へーすけくん俺をそんなに涙目にしたいの? ちっげえよ鬱屈すんだよ、この間うちの一年が、用具が作った捕獲網破っちゃってさ…後輩に行かない分俺に雷落とすんだよ食満先輩…まじ今から憂鬱…」
「ふうんがんばってね。あ、じゃあ俺こっちの道だからバイバイ」
「へーすけくん見て俺涙目!」

竹谷は食満先輩に対してものすごく過去の禍根があるようだけど竹谷が言うほど嫌がらせを受けたことの無い僕が思うにあれは、食満先輩が七松先輩ほどにお気に入りへの接し方をわからなかったんじゃないかと思う。七松先輩とは波長が合うというか性格的に似通った部分があるからどれだけ無礼で乱暴なことをされても愛情表現ということに気づけるけど、食満先輩のような人間が周りにいなかったから嫌がらせの根底にあるものに気づけなかったんだろうし、食満先輩のほうも竹谷で失敗したと気づいたから、三年以下の後輩にはあれほど慕われるいいお兄ちゃん的存在になったんじゃないかなあと考察できるんだけどまあ、そんなことは竹谷が気づけば言いだけの話だから全然どうでもよい。ほんとどうでもいい。僕には僕でまた、昔から優等生だった僕を散々に、けちょんけちょんにしてくれた、こちらも昔から優等生だった立花先輩と言う相手がいるのである。だけど竹谷みたいに律儀にいつまで経ってもぐじぐじうじうじ言うのも面倒なので、廊下ですれ違っても恨み辛みのうの字もおくびに出さずに至って健康的な挨拶ができる。おや立花先輩ごきげんようやあ久々知君ごきげんようとかそんな感じに。黒髪が麗しい白皙の先輩は、俺を豆腐好きにさせた張本人の癖に多分それを知らないまま今日も健やかに委員会活動に勤しんでいるのだろう。お前きれいな顔をしているな久々知といったかなあ君は成績優秀らしいな私と勝負しようか私に勝ったらなんでも言うことを聞いてやるぞとちょっかいをかけてきたのは向こうなのに、今や俺のことなどこちらが声をかけるまで気づかないあああ無情。
現一年は組学級委員長の黒木君ほどに賢くはなかった優等生の僕は当時二年は組だった立花先輩の戯れに真正面から付き合ってしまい。完膚なきままに叩きのめされた挙句、負けたんだから文句は無いだろうと罰と称して一週間、女装の練習とかで顔面の所有権を奪われた。好き勝手に、嬉々として白粉やら紅やら顔に塗りたくられ、一桁年齢とはいえ男の矜持をずたずたにされた。なのに、そのとき間近で見た立花先輩の肌の白さに脳みそがとろけてついでに先輩のことを好きになったあたりは自分でもおかしいなとわかっている。わかっているんだけど、実際に陽光を厭うあの白い肌が数年前から至高の豆腐のように見えてというか、むしろ豆腐があの肌に見えて仕方ない、かじりつきたくて赤で侵したくて仕方ない。
きっとあの人の中で俺への興味はあの時すでに尽きているというのに。
何も言われないからこそ淡い期待を抱いて、勝手に考えた強い光景を脳内で反芻する。
俺が火薬委員会を選んだ理由なんぞ推して知るべし。はい到着。

「おはようございます久々知先輩!」
「おはよう伊助、三郎次」
「えっとですね、土井先生が僕らのテスト結果があまりにも悪いからって再試の問題作りの為にこれないのと予算が潮江先輩と、あと、ええと」
「ああ、落ち着いてゆっくり話したらいいから」

六年生が誰一人入らず委員長になるなんて、そして委員長がこんなにも多忙だなんて思わなかったけど。
それも別にかまわない。

「しっかりしろよ、伊助。あっ。そうだ久々知先輩、火薬のことで話があるって立花先輩が呼んでましたよ!」

ほれ来たサイコウ。
待ってましたなお話をかわいい下級生たちに悟られないような優しい先輩の笑顔で「そうか立花先輩か、あの人を待たせると潮江先輩以上に恐ろしいから、ちょっとだけ席をはずすよ」と品よくごめんね少し行ってくるねと伺いを入れる。裏を読みもせず快諾してくれる後輩たちのかわいいことかわいいこと伊助本当にかわいいけどごめんね。「あと斉藤さんがいつものように遅刻みたいだから僕が帰ってくるまでに捕獲しててね」「「まかせてください!!」」ありがとうごめんね。立花先輩が後輩でこんな風にころころしていたら問答無用でその頬にかぶりつくんだろうなあという自覚ありの危険な想像をしてみて、おっとそんなことをしている場合じゃないとすっかり覚えてしまった作法委員会の会議室へ急いだ。
「やあ久々知」と当の先輩が早足の俺を声だけで止めたのは意に反して会議室に向かう途中の空き教室からだった。いまさらこんなことくらいじゃ驚きもしない。
「お呼びだそうで。けれどどうしてまたお一人でこのような」
「いや、すまん実は個人的な理由でな。とにかく入ってくれ」
「個人的? …失礼します」
「作法委員会がな、部屋に入れてくれないのだよ」
「それはまたなんで」
「しめりけがな…留三郎が生物の会議室に行っていて、暇だからと遊びに来ているのだよ…出て行かないんだ。なぜかやつらと一緒にいると自分を制御できなくなるから己から逃げたのさ」
「…ご愁傷様です」二人以上への意味で。
「お前に頼みたいのはだな、久々知。いわゆる裏取引なんだが、予備の火薬を少しばかり融通してもらえんか? 見返りはするぞ」
「いやだなあ。僕が立花先輩のお願いを聞かないわけ無いじゃないですか」
「お前は出世するよ」
「ありがとうございます。あ、なにかありましたら今後、廊下で擦れ違うときとかにも、お声掛けくださっても構わないですが」
「ああ、それもそうだな。しかし」

人差し指が伸びてきて何かと思ったら、まつげを掬うようにして触れられる。閉じるしかない右目の分まで左目で、あの魅惑の肌を舐め見る。夢のようだ。さっきからそろそろ人生二度目の脳の液状化。
なんてきれいな。

「相変わらず、久々知はきれいな顔をしているな」
「え、そう、ですか」先輩の肌ばかり見てる俺にそれを言いますか。
「私が見てきた人間の中で、私が化粧を施したときのお前ほど美しい人間はいなかったよ」
「…好きにいじるだけで結局僕には鏡を見せてくれなかったじゃないですか」
「当たり前だろう? 私は貪欲なんだ、美しいものは独り占めさ。その証拠に覚えているか、当時文次郎にも退席させただろう?」
「忘れ、」

るわけがありません。

「てません、よ。そうですか、俺、女装そんなによかったですか。あれでもおかしいな、授業じゃそんなに絶賛されませんでしたけど」
「ふん。お前の腕が悪いのだ。今度また顔を貸せ。私が数年のときを越え再びお前を傾国の美女に仕立ててやろう。さて、何人の下級生が道に迷うかな?」
「えー結局先輩にされるがままじゃないですか、それじゃ女装の参考になりませんよ。あ、じゃあ代わりに先輩で実践させてください」
「何故私が?」
「見返り、くださるんでしょう? 練習って大事じゃないですかね、六年生主席の立花先輩」
「お前…見ないうちにしたたかになったな。…まあいい、それも含めて考えておけ」

俺はずっと先輩を見てましたけどね。
とは勿論胸に秘したまま、失礼します、とだけ声に出して言って別れた。先輩と後輩の間に許された会話なんて微々たるものだ。
音を立てないように障子戸を閉めて来た道を引き返し、先輩の気配が完全に消えたところ、その場で、うずくまる。肩に指を食い込ませて、心中で吹き荒れる暴風雨を昇華する。
ああああ。あの肌の上に指で触れる権利を得た。これから授業に支障をきたさない程度に、爪を伸ばそう。うっかりを装って、あの肌に傷を一筋でもつけれるように。あの肌を陵辱するために、夜毎爪を研ごう。
病的なまでに白い肌は青ざめていて豆腐どころか一見幽鬼のようですらあって実は小麦肌の健康的な姉さん女房を夢見ている俺からすればあんな肌をした女には食指も動かないだろうしましてや屹立することなどあるはずもないのに立花先輩は男だからただその一点のみで俺の審美眼を曇らせて豆腐っておいしいよねえ!とたわごとを抜かさせる。認めるしかなく俺は彼を見ている。彼に醤油をかけて食いたいと熱望している。その白い肌が桃のように上気したところを見せてください。そう祈りつつ、完全なポーカーフェイスを取り戻したと実感後、火薬委員会に戻る。彼と擦れ違わないかなと、きっと明日も俺は廊下を歩く。

[ 2/4 ]


[戻る]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -