side―斎藤
「なに?!総司と別れた…だと?」
「ぐすっ…ひっく…ひっく…う、ん…」
昼休み。
俺が坂下から聞かされた言葉は、手に持っていた黒板消しを思わず地面に落してしまうほどに衝撃的なものだった。
「…ひっく…ひっく…私が…いけなかったんだ。総司の…っ…気持ちっ…考え、て…あげられなかったっ…から…」
途切れ途切れで上手く聞き取れない坂下の言葉を繋げてみれば、それは総司を責めるどころか、自分の行いを反省する言葉しかない。
俺の中には、こんなに心の綺麗な坂下に涙を流させている総司が許せないという怒りの感情が湧いていた。
昼休みの教室は昼食を取りながら雑談をする生徒の声で溢れかえり、俺たちの会話に耳を傾けているやつはいなさそうだったが、俺が黒板消しを落としたことにより、近くの席にいた数人はちらりと黒板の前にいる俺たちの方を見ていた。
「とりあえず場所を変えよう」
俺はこの話を誰にも聞かれないようにするためと、坂下が泣いている姿を誰にも見られないようにするために、坂下を人目のないところへと連れて行くことを考える。
今日は雨が降っているため、屋上は無理だ。だからと言って教材室なんかに連れて行けば、坂下が先程のことを思い出して辛くなるに違いない。
そして俺が短い時間の中で考えた結果選んだのが、剣道部の練習に使っている道場だった。
今は部活の時間ではないため、そこへは人っ子一人来る気配さえない。
「…落ち着いてからでいい。ゆっくり話すといい。坂下はこれからどうしたいと思っているのだ」
「あ、のね…っ」
道場に到着して俺がそう問いかければ、坂下はまだ泣き止んでいないというのに何かを話し始めようとする。
しかし、俺としては泣き止んでもらってからの方が話は聞きとりやすい。
無理に話そうとする坂下の肩に手を置いて、もう一度「ゆっくりでいい」と伝えた。
それにしても、だ。
女の涙というものはここまで人の心を掻き乱すものなのだろうか。
それが、心の綺麗な者の涙であればあるほど、俺の心はより一層強く掻き乱された。
泣き止むのを待つ間に俺の頭に浮かんできたのは、先程の休み時間に"総司のことが好きだ"と言って頬を染めていた坂下の笑顔。
何故だ。
総司ならば、坂下があの男たちを庇った理由の検討が付かなかったはずがないだろう。
俺が怒りを抑えながら一人で思考を巡らせていると、その間に坂下は少し落ち着いたようで、ぽつりと言葉を紡ぎ始める。
「斎藤君…ごめんね…気を遣わせてしまったみたいで…」
「構わない。あんたは俺の友人だ。友人が困っているのを放っておくわけにも行くまい」
ありがとう、と坂下は力なく笑った。
俺は坂下のこんな表情は見たことがなかった。
辛い時にも無理やり笑顔を作るような坂下にこんな顔をさせる総司という存在が、坂下の中でいかに大きなものであるかも伝わってくる。
「私ね、やっぱり…仲直りがしたいよ……。だって私…やっぱり総司が好きなんだもん……」
「坂下、」
「もう一度話したら…分かって……もらえる、かな…?」
「あぁ…きっと総司も分かってくれるはずだ」
俺はそう言いながらも、坂下を総司の元へ行かせるのには些か賛成できないでいた。
総司はああ見えて、一度意地を張るとしつこいくらいに頑固だ。
総司の頭が完全に冷えていない今日のうちに会いに行くのは、あまり得策とは言えない。
「しかし…総司に話をしに行くのはもう少し総司の頭が冷えるのを待った方がいい。そうすればあちらから何か行動があるかもしれん」
「そっか…斎藤君がそう言うならそうするね…」
「俺からも、今日の部活のときに色々と総司から話は聞いておく」
大丈夫だ、坂下。
なんだかんだで、総司は確かにあんたのことを好いていた。
それがゆえに、嫉妬心の抑制が利かなくなり、今のようなことになっているだけだ。
「ありがとね…斎藤君。斎藤君がいてくれてよかったよ…」
「大丈夫だ。必ず俺が、総司をあんたの元へ返してやる」
勢いで行動したやつの考えを改めさせることは、冷静に行動したやつを説き伏せるより簡単だ。
必ず、総司をあんたの元へ返してみせると約束する。
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「なに?!総司と別れた…だと?」
「ぐすっ…ひっく…ひっく…う、ん…」
昼休み。
俺が坂下から聞かされた言葉は、手に持っていた黒板消しを思わず地面に落してしまうほどに衝撃的なものだった。
「…ひっく…ひっく…私が…いけなかったんだ。総司の…っ…気持ちっ…考え、て…あげられなかったっ…から…」
途切れ途切れで上手く聞き取れない坂下の言葉を繋げてみれば、それは総司を責めるどころか、自分の行いを反省する言葉しかない。
俺の中には、こんなに心の綺麗な坂下に涙を流させている総司が許せないという怒りの感情が湧いていた。
昼休みの教室は昼食を取りながら雑談をする生徒の声で溢れかえり、俺たちの会話に耳を傾けているやつはいなさそうだったが、俺が黒板消しを落としたことにより、近くの席にいた数人はちらりと黒板の前にいる俺たちの方を見ていた。
「とりあえず場所を変えよう」
俺はこの話を誰にも聞かれないようにするためと、坂下が泣いている姿を誰にも見られないようにするために、坂下を人目のないところへと連れて行くことを考える。
今日は雨が降っているため、屋上は無理だ。だからと言って教材室なんかに連れて行けば、坂下が先程のことを思い出して辛くなるに違いない。
そして俺が短い時間の中で考えた結果選んだのが、剣道部の練習に使っている道場だった。
今は部活の時間ではないため、そこへは人っ子一人来る気配さえない。
「…落ち着いてからでいい。ゆっくり話すといい。坂下はこれからどうしたいと思っているのだ」
「あ、のね…っ」
道場に到着して俺がそう問いかければ、坂下はまだ泣き止んでいないというのに何かを話し始めようとする。
しかし、俺としては泣き止んでもらってからの方が話は聞きとりやすい。
無理に話そうとする坂下の肩に手を置いて、もう一度「ゆっくりでいい」と伝えた。
それにしても、だ。
女の涙というものはここまで人の心を掻き乱すものなのだろうか。
それが、心の綺麗な者の涙であればあるほど、俺の心はより一層強く掻き乱された。
泣き止むのを待つ間に俺の頭に浮かんできたのは、先程の休み時間に"総司のことが好きだ"と言って頬を染めていた坂下の笑顔。
何故だ。
総司ならば、坂下があの男たちを庇った理由の検討が付かなかったはずがないだろう。
俺が怒りを抑えながら一人で思考を巡らせていると、その間に坂下は少し落ち着いたようで、ぽつりと言葉を紡ぎ始める。
「斎藤君…ごめんね…気を遣わせてしまったみたいで…」
「構わない。あんたは俺の友人だ。友人が困っているのを放っておくわけにも行くまい」
ありがとう、と坂下は力なく笑った。
俺は坂下のこんな表情は見たことがなかった。
辛い時にも無理やり笑顔を作るような坂下にこんな顔をさせる総司という存在が、坂下の中でいかに大きなものであるかも伝わってくる。
「私ね、やっぱり…仲直りがしたいよ……。だって私…やっぱり総司が好きなんだもん……」
「坂下、」
「もう一度話したら…分かって……もらえる、かな…?」
「あぁ…きっと総司も分かってくれるはずだ」
俺はそう言いながらも、坂下を総司の元へ行かせるのには些か賛成できないでいた。
総司はああ見えて、一度意地を張るとしつこいくらいに頑固だ。
総司の頭が完全に冷えていない今日のうちに会いに行くのは、あまり得策とは言えない。
「しかし…総司に話をしに行くのはもう少し総司の頭が冷えるのを待った方がいい。そうすればあちらから何か行動があるかもしれん」
「そっか…斎藤君がそう言うならそうするね…」
「俺からも、今日の部活のときに色々と総司から話は聞いておく」
大丈夫だ、坂下。
なんだかんだで、総司は確かにあんたのことを好いていた。
それがゆえに、嫉妬心の抑制が利かなくなり、今のようなことになっているだけだ。
「ありがとね…斎藤君。斎藤君がいてくれてよかったよ…」
「大丈夫だ。必ず俺が、総司をあんたの元へ返してやる」
勢いで行動したやつの考えを改めさせることは、冷静に行動したやつを説き伏せるより簡単だ。
必ず、総司をあんたの元へ返してみせると約束する。
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