side―沖田
時の流れって、本当に早いよね。
僕はそう心の中で呟いた。
それは充実しているほど早く過ぎ去ってしまうものらしくて、僕らが3年生になってからあっという間に2ヶ月の月日が経っていた。
あの頃満開だった薄紅の桜は今ではすっかり深緑の葉を生い茂らせていて。それと同時にじめじめした季節にもなってきたなぁなんて浅くため息を吐く。
「なんかさー、一君と遥がここにいないのってやっぱまだ慣れねーよな。遥とは2年の時だけだからそうでもねーけど、一君は1年から同じクラスだったし」
「いい加減慣れなよ。もう6月なんだけど」
「や、まぁそうなんだけどさ」
平助の言いたいことは分からなくもない。
一君は部活でも会うからいいとして、遥とは学校で顔を合わせる機会が本当に少なくなってしまっていた。
だけど自分からこうなることを選んだ手前、平助の前と言えどもそんな弱音は吐きたくなかったから、僕はちょっと強がってみせる。
でも本当はすっごく遥不足!
授業中だって休み時間だって可愛い可愛い僕の遥を抱きしめていたい。
休み時間とは言えどもたった10分の休憩の度に会いに行くには、あまりにも遠すぎる。教室が。
「そのポッキーひとつもーらいっ」
「あー。勝手に僕の楽しみ取らないでよ」
「いーじゃん1本くらい!」
「1本て言いながら何本取ってるのさ。別にいいけど」
遥に会えない休み時間の寂しさを紛らわせてくれるのはポッキーという名の甘味だけ。
ぽきぽきぽき
大好きな甘いものだって言うのに、何故だか最近おいしいと思えない。
こんな気持ちになっちゃうのは、最近のじめじめとしてきた天気にも関係あるのかな。
平助に次々とポッキーを取られるのを横目に、僕はやっぱりもう一つため息を吐いてしまう。
「そんなに会いたいなら会いに行けばいーじゃん!お昼だけなんて言ってないでさ。帰りにしたって、部活が終わるの待ってて欲しいくらい言えねーの?」
僕のため息を聞いた平助は、まぁ所詮人ごとなのであっけらかんとはしているものの、気にしてはくれてるみたいだけど。
「最近大会前で忙しいから部活終わるの遅いでしょ。そんなに長い時間遥を待たせるなんてできないよ」
平助の言う通りにもっと会いに行けばいいのかなって思うけど、やっぱりそんな気になれないんだよね。
だって遥には遥で、もうあっちのクラスでの日常が出来ているはずだし。
「ふーん。総司も色々と考えてんだな」
平助とポッキーを食べながらそんな会話をしていると、僕たちの横を興奮した足取りでクラスメイトの一人の女子が通り過ぎていく。
「みんな聞いて聞いて!大ニュース!」
その女子の名前はよく覚えてないけど、何をそんなに興奮してるんだってちょっと気になって、その子の姿を目で追ってみる。
「ねぇねぇ、さっき聞いたんだけどさ!昨日の朝、8組で一斉告白があったんだって!」
「えー?誰から誰に?」
僕はその子が、僕たちの近くで駄弁ってた女子グループの輪の中に飛び込んで行くところまで目で追っていた。
その後からは耳を澄ませなくても会話の内容が聞こえてくる。
聞いていた初めの方こそ、一斉告白なんてよくやるなぁって感じだったんだけど、その一斉告白されたっていう女子の名前を聞いて思考が一時停止してしまった。
「告白されたのは坂下さんっていう子らしいんだけど…聞いてびっくり!告白した男子ってのが同時に3人!」
「同時に3人?!」
平助にも話は聞こえていたようで、僕たちは顔を見合わせる。
今すぐにその詳細を彼女たちから聞かなければと思った僕は、少し焦りながら彼女たちの話に割って入った。
「ねぇ、その話…もっと詳しく聞かせてくれる?」
「お、沖田君!あ、そっか…坂下さんて言ったら沖田君の彼女だったね…」
平助も僕の隣に来て、「なんか一斉告白って言われてもピンとこねえよな」と言いながら話に加わる。
僕に話しかけられた子は、僕の切迫した表情を見て少し戸惑いながらも、詳細を話し始めてくれた。
「昨日の朝に8組で一斉告白があったんだって。なんでも8組の男子たちが"ビリから3人は好きな女の子に告白"ってルール作って、スマホゲームしてたらしくって…」
「それで、ゲームに負けた3人が遥に?」
「うん。坂下さんは丁寧にお断りしてたって話だけど…」
なんてことだろう。
遥が可愛いのは、僕も付き合う前から知ってたことだ。
だって、僕も付き合ってみようかなって思ったきっかけが容姿だったんだから。
だけど、2年生の時はずっと遥の傍には僕がいたせいもあって…いや、おかげと言うべきか、そんな感じで遥にちょっかいを出してくる男なんて全然いなかったから油断してたんだ。
クラスが離れてしまった途端にこれだ。
その男たちも目聡いというかなんというか。
最近、うちの学校で罰ゲームを用意してゲームをするのが流行っているのは知っていたんだけど、まさかこんなところで僕にまでくだらない流行の弊害が及ぶとは。
いや、そんなことよりももっと大事なことがある。
いま、この女の子は"昨日の朝"って言ったよね。
それはつまり、昨日の朝に告白されたという情報が正しいとしたら、どうして僕がその話を知ったのが"今"なのかってこと。
昨日のお昼にはいつも通り、僕と遥は一緒にお昼を食べてたんだよ?
どうして遥はその時に一斉告白のことを僕に話してくれなかったの。
「その男たち、どういうつもりなんだろ」
「まぁまぁ、総司。別に告白するくらいなら個人の自由じゃん」
「よくないよ。この沖田総司の彼女だって知ってて告白したっていうなら、それは喧嘩を売られてることに他ならないでしょ」
「う、うーん…それはそうかもしれねーけど、実際に遥も断ったって言ってるじゃん」
「遥にしてもおかしいよね。どうして告白されたのが昨日の朝なら、昨日のお昼の時にそれを言ってくれなかったのかな」
「そ、それは…ほら、俺と一君も一緒にいたからじゃねーの?」
「一君は遥と同じ8組だから知らなかったはずないよね?平助に今更遠慮する関係でもないでしょ」
「まあ…確かに」
この話題を口にするほどに、イライラしてしまっている自分に気付きながらも、それを抑えることはできなかった。
少なくとも、遥が一体どういう気持ちで僕にその話を隠していたのか聞くまでは、このイライラを抑えられそうにはない。
僕はもう少しで授業が始まるのにも関わらず、教室を飛び出して遥のところへ向かっていた。
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時の流れって、本当に早いよね。
僕はそう心の中で呟いた。
それは充実しているほど早く過ぎ去ってしまうものらしくて、僕らが3年生になってからあっという間に2ヶ月の月日が経っていた。
あの頃満開だった薄紅の桜は今ではすっかり深緑の葉を生い茂らせていて。それと同時にじめじめした季節にもなってきたなぁなんて浅くため息を吐く。
「なんかさー、一君と遥がここにいないのってやっぱまだ慣れねーよな。遥とは2年の時だけだからそうでもねーけど、一君は1年から同じクラスだったし」
「いい加減慣れなよ。もう6月なんだけど」
「や、まぁそうなんだけどさ」
平助の言いたいことは分からなくもない。
一君は部活でも会うからいいとして、遥とは学校で顔を合わせる機会が本当に少なくなってしまっていた。
だけど自分からこうなることを選んだ手前、平助の前と言えどもそんな弱音は吐きたくなかったから、僕はちょっと強がってみせる。
でも本当はすっごく遥不足!
授業中だって休み時間だって可愛い可愛い僕の遥を抱きしめていたい。
休み時間とは言えどもたった10分の休憩の度に会いに行くには、あまりにも遠すぎる。教室が。
「そのポッキーひとつもーらいっ」
「あー。勝手に僕の楽しみ取らないでよ」
「いーじゃん1本くらい!」
「1本て言いながら何本取ってるのさ。別にいいけど」
遥に会えない休み時間の寂しさを紛らわせてくれるのはポッキーという名の甘味だけ。
ぽきぽきぽき
大好きな甘いものだって言うのに、何故だか最近おいしいと思えない。
こんな気持ちになっちゃうのは、最近のじめじめとしてきた天気にも関係あるのかな。
平助に次々とポッキーを取られるのを横目に、僕はやっぱりもう一つため息を吐いてしまう。
「そんなに会いたいなら会いに行けばいーじゃん!お昼だけなんて言ってないでさ。帰りにしたって、部活が終わるの待ってて欲しいくらい言えねーの?」
僕のため息を聞いた平助は、まぁ所詮人ごとなのであっけらかんとはしているものの、気にしてはくれてるみたいだけど。
「最近大会前で忙しいから部活終わるの遅いでしょ。そんなに長い時間遥を待たせるなんてできないよ」
平助の言う通りにもっと会いに行けばいいのかなって思うけど、やっぱりそんな気になれないんだよね。
だって遥には遥で、もうあっちのクラスでの日常が出来ているはずだし。
「ふーん。総司も色々と考えてんだな」
平助とポッキーを食べながらそんな会話をしていると、僕たちの横を興奮した足取りでクラスメイトの一人の女子が通り過ぎていく。
「みんな聞いて聞いて!大ニュース!」
その女子の名前はよく覚えてないけど、何をそんなに興奮してるんだってちょっと気になって、その子の姿を目で追ってみる。
「ねぇねぇ、さっき聞いたんだけどさ!昨日の朝、8組で一斉告白があったんだって!」
「えー?誰から誰に?」
僕はその子が、僕たちの近くで駄弁ってた女子グループの輪の中に飛び込んで行くところまで目で追っていた。
その後からは耳を澄ませなくても会話の内容が聞こえてくる。
聞いていた初めの方こそ、一斉告白なんてよくやるなぁって感じだったんだけど、その一斉告白されたっていう女子の名前を聞いて思考が一時停止してしまった。
「告白されたのは坂下さんっていう子らしいんだけど…聞いてびっくり!告白した男子ってのが同時に3人!」
「同時に3人?!」
平助にも話は聞こえていたようで、僕たちは顔を見合わせる。
今すぐにその詳細を彼女たちから聞かなければと思った僕は、少し焦りながら彼女たちの話に割って入った。
「ねぇ、その話…もっと詳しく聞かせてくれる?」
「お、沖田君!あ、そっか…坂下さんて言ったら沖田君の彼女だったね…」
平助も僕の隣に来て、「なんか一斉告白って言われてもピンとこねえよな」と言いながら話に加わる。
僕に話しかけられた子は、僕の切迫した表情を見て少し戸惑いながらも、詳細を話し始めてくれた。
「昨日の朝に8組で一斉告白があったんだって。なんでも8組の男子たちが"ビリから3人は好きな女の子に告白"ってルール作って、スマホゲームしてたらしくって…」
「それで、ゲームに負けた3人が遥に?」
「うん。坂下さんは丁寧にお断りしてたって話だけど…」
なんてことだろう。
遥が可愛いのは、僕も付き合う前から知ってたことだ。
だって、僕も付き合ってみようかなって思ったきっかけが容姿だったんだから。
だけど、2年生の時はずっと遥の傍には僕がいたせいもあって…いや、おかげと言うべきか、そんな感じで遥にちょっかいを出してくる男なんて全然いなかったから油断してたんだ。
クラスが離れてしまった途端にこれだ。
その男たちも目聡いというかなんというか。
最近、うちの学校で罰ゲームを用意してゲームをするのが流行っているのは知っていたんだけど、まさかこんなところで僕にまでくだらない流行の弊害が及ぶとは。
いや、そんなことよりももっと大事なことがある。
いま、この女の子は"昨日の朝"って言ったよね。
それはつまり、昨日の朝に告白されたという情報が正しいとしたら、どうして僕がその話を知ったのが"今"なのかってこと。
昨日のお昼にはいつも通り、僕と遥は一緒にお昼を食べてたんだよ?
どうして遥はその時に一斉告白のことを僕に話してくれなかったの。
「その男たち、どういうつもりなんだろ」
「まぁまぁ、総司。別に告白するくらいなら個人の自由じゃん」
「よくないよ。この沖田総司の彼女だって知ってて告白したっていうなら、それは喧嘩を売られてることに他ならないでしょ」
「う、うーん…それはそうかもしれねーけど、実際に遥も断ったって言ってるじゃん」
「遥にしてもおかしいよね。どうして告白されたのが昨日の朝なら、昨日のお昼の時にそれを言ってくれなかったのかな」
「そ、それは…ほら、俺と一君も一緒にいたからじゃねーの?」
「一君は遥と同じ8組だから知らなかったはずないよね?平助に今更遠慮する関係でもないでしょ」
「まあ…確かに」
この話題を口にするほどに、イライラしてしまっている自分に気付きながらも、それを抑えることはできなかった。
少なくとも、遥が一体どういう気持ちで僕にその話を隠していたのか聞くまでは、このイライラを抑えられそうにはない。
僕はもう少しで授業が始まるのにも関わらず、教室を飛び出して遥のところへ向かっていた。
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