2.皇女様と騎士

**斎藤一**








その日、俺はいつものように訓練場で剣術の自主練習をしていた。

幼い頃より騎士なりたいと強く願い、この帝国直轄の騎士養成学校に合格してからは、一度だって剣の練習を休んだ日はない。

だからと言ってそれが辛いかと問われれば、断じてそのようなことはなく。

己が信じるものに向かい、一日一日わずかでも歩みを進めることができているのだと思えば、それは俺にとってとても喜ばしいことだ。






「よー!頑張ってんな!はじめ君!」

「平助か。あんたも稽古をしに来たのか」





俺が剣の稽古をしているところへやって来たのは、俺と同じような境遇にある『藤堂平助』という男。

どのように同じ境遇なのかといえば、平助の両親はシルベリア人とニホン人で、俺の両親もシルベリア人とニホン人だという点だ。

俺と平助は所謂ハーフという、違う国籍を持つ親から生まれた子供で、彼とは境遇も志も同じくしているため、何かと気の合うところが多い。






「あー、今はいいや。それより、教官がはじめ君を呼んでたんだ。今すぐ特別応接室へ来いってさ」

「特別応接室?なにゆえだ」

「さぁ?俺はそこまで聞かされてねーけど」






てっきり平助も剣の稽古をしに来たのかと思えば、どうやら俺に用があったようだった。

その内容と言えば、教官が俺に特別応接室へ来いと言っていたというなんとも不可解な内容。

何が不可解なのかと問われれば、それは特別応接室に呼ばれたことだ。

応接室と言うからにはもちろん客人の応対をする部屋なのだが、『特別応接室』だけはその名の通り特別な場所で。

そこで応対されるのは、国政を担う上層部の人間であったりと、何かしらトップシークレットな人物が多い。

そんな場所に、俺のような一生徒が呼ばれているなど、一体何事なのかと思ってしまうのは致し方のないことだ。





「まぁ、特別応接室ってことはすんげー偉い人が来てるんだろうし、急いだ方がいいと思うぜ?」

「あ、あぁ…そうだな。では行って来ることにする」

「緊張しすぎてヘマやらかすんじゃねーぞー」

「わ、分かっている」






そうして俺は、呑気な声の平助に送りだされ、特別応接室までの廊下を歩いているわけなのだが。

特別応接室のような場所に呼び出される覚えがただの一つもないのだ。

俺は目的の場所へ着くまで、ただひたすらに悶々としながら歩くことしかできなかった。






コンコン






俺は特別応接室の前に来て、緊張を鎮めるために大きく深呼吸をしてから、その扉をノックする。







「誰だ」

「お呼びに預かりました、斎藤一。ただいま参りました」

「入ってくれたまえ」

「失礼致します」







中からの返事を確認し、俺はゆっくりと扉を開いた。

特別応接室の扉だけあって、その重量はずっしりと重たい。









「斎藤君。こちら、シルベリア帝国の第一皇子、アンリ・シルベリア殿下でおられる。今日は殿下直々にきみにお話がおありのようだ。くれぐれも失礼のないように」







ドアの向こう側にいたのは、予想を遥かに上回るほどとんでもない人物だった。

とんでもないというのはもちろん悪い意味ではなく、自分の人生の中でこんなに間近にお目に掛かれることなど一度もないだろうと思っていたくらいのすごいお人だ。

俺はそのすごさゆえに一時の言葉を失ったが、それは失礼だとすぐに気がついて慌てて言葉を発する。








「………っ!!アンリ・シルベリア殿下のようなお方が、俺などにどのような御用向きでおられるのでしょうか」

「ミスターサイトウ。そう堅くならないでくれ。今日はきみに会わせたい…いや、会いたいと言っている人がいてね。それで今からシルベリア城までご足労願えないかとお願いに来た次第だよ」





緊張で固まってしまった俺にに対し、アンリ殿下は穏やかな口調でそう言われた。

しかし、堅くなるなと言われてもそれは無理というものだ。

今俺の目の前にいるのはこの国の第一皇子であり、次期皇帝になられるお方。

そんなお方が、俺のような一国民に言伝をするためだけにわざわざいらっしゃったと聞けば、恐縮してしまうのは当然のこと。






「……それを伝えるために本日は殿下自ら…なんと恐れ多い」

「いや、そんなことはいいんだ。ユリアに会わせる前に、本当にきみが信頼に足る人物なのかを自分で確かめようと思ってね」

「…失礼ですが、俺に会いたいと仰られている方というのは…」






もしやとは思ったが、『ユリア』という名前には心当たりがある。

むしろ、アンリ殿下から『ユリア』という名前を聞かされれば、この国の国民だれもがその方のことを思い浮かべてしまうだろう。

そんなことを俺が思っていれば、やはりアンリ殿下からは俺の予想通りの言葉が返って来たわけで。






「あぁ。俺の妹だよ。ユリア・シルベリア…名前くらい知っているだろう?」

「もちろんです。俺は騎士になることを志している身…この国の象徴とも呼べるユリア様の名を知らないなど、あってはならないことです」

「ははははは。まぁ、それもそうだね。では、早速だけど一緒に来てもらうよ」

「承知致しました」










なんという急展開。

我が国の第一皇子を直接お目に掛れたうえに、今からシルベリア城へ呼ばれるなど。









ユリア様がどのような御用で俺を呼ばれたのかはまだ分からぬが、騎士見習いの身として城に赴く限り、忠義ある振る舞いを。










今はただそれだけを肝に銘じ、俺はアンリ殿下に随従することになった。






















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