5日目


"僕は、きみが彼に抱いている想いもすべて受け止めて付き合っていく覚悟があるから"


昨日突然有紗の部屋へとやってきた総司は、帰り際に有紗へそんなセリフを残して帰って行った。

俺は有紗の前から姿を消してはいたが、本当はずっと二人の会話が聞こえるところにいた。

聞いていた始めのほうこそ、"勝手なことを言ってくれる"と総司を張り倒したくもなったものだが、最後に言ったそのセリフを聞いて体が動かなくなった。
最も、体とは言っても肉体はもうないのだがな。
いや、今はそんな自虐をしている場合ではないな。


俺は昨日、とうとう有紗の前には姿を現さなかった。
有紗も有紗で寝付けなかったのか、昨日の夜中から今日の昼前にかけてずっと放心しているような状態で起きていた。

が、先ほどそれも限界が来たのだろう。

今は意識を手放すようにしてベッドの上で眠りについている。


俺は有紗が寝付いたのを確認してからそっと姿を現した。
生前も今もずっと愛おしく思っているその寝顔を見ていると、この先もずっとこのまま有紗の傍にいたい、いてやりたい…そんな気持ちが大きくなる。


だが…



"死んだ人間はどうひっくり返っても生き返ることはないし、きみを幸せにしてあげることもできない"



総司の言葉が俺の頭の中で何度も渦巻いている。

そうだ。俺はもう死んでいる。

幽霊として有紗の傍にいてやることはできても、本当の意味で有紗を幸せにしてやることはできないのだ。


このまま俺が有紗の傍にいても、有紗は幸せにはなれない。


純白のドレスに身を包む幸せも
いつか必ず欲しいと言っていた子を生す幸せも
老いてもなお、大切な人と添い遂げる幸せも

もう俺は有紗に与えてやることができないのだ。


この透けてしまった指では、有紗の涙を拭いてやることさえも儘ならない
この透けてしまった手では、有紗と手を繋いでやることだって出来はしない
この透けてしまった腕では、有紗を抱きしめてやることなど叶うはずがない


『有紗、俺はなにゆえ…あんたを置いて逝ってしまったのだろうな』


俺は有紗に出会って初めて、誰かを幸せにしたいと思うことができた。
一生一緒にいたい、手放したくないと強く願った。
その気持ちは何一つ偽りのない本当の気持ちだったはず。


それなのに…

何故俺は、愛する者を残してこんな姿になっているのだ。



『俺はやはりあんたの傍にいては…』


俺がぽつりとそう呟いたときだった。


「ん…はじ…め?」


眠ったと思っていたはずの有紗の口から突然声が発せられて、有紗は眠たそうに目を擦りながら焦点の合わない目で俺を見つめた。


『…っ、起きたのか、有紗』


俺は今の呟きを聞かれたかと思い少々バツが悪い思いになるが、有紗の様子からどうやら聞かれてはいなかったのだなとホッとする。


「はじめ…昨日どこに行ってたの…私…」

『すまない。久しぶりに外を散歩して来ていたのだ』


寝ぼけたように俺の顔へと伸ばされた有紗の手を、俺はそっと両手で包んだ。
俺には有紗の手の温かさがこうしてしっかりと伝わっているのに、有紗には俺の手の感触さえも伝わっていないのだと思うと、胸のあたりがズキリと痛んだような気がした。


「そう…よかった…私、はじめが成仏でもしてしまったんじゃないかって…不安で…」

『成仏など…』


成仏などできるわけがない。
成仏とはこの世に心残りがなくなった時にできるものなのだ。


今の俺にはとても大きな心残りがある。


しかし、俺が言葉を言いきる前に有紗は再び目を閉じて眠りについてしまった。

俺は握っていた有紗の手を布団の中へそっと戻した。
すーすーと規則正しく寝息を立てる有紗の髪を、起こさないようにとそっと撫でてみる。


『まったく…相変わらず童のように眠るのだな…』


あまりにも無防備に眠るその寝顔を見ていると、俺は先ほどまでの葛藤を忘れて少しだけ笑みが零れた。


生きていた頃は、隣にこの寝顔があることが当たり前だった。
その当たり前がどんなに幸せなことだったか。

こんな姿になってしまった今、俺はそのことを酷く痛感していた。



(有紗…あんたはこれからどうしたい?)



俺は、気のせいか先ほどよりも表情が和らいでいるように見える有紗の寝顔を、
愛しさと切なさが入り混じった感情で見つめながら




5日目

これからのことを考えた


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