1日目


二ヶ月前、大好きな人が交通事故でこの世を去った。

私の大好きな人…名前は斎藤一。
彼と私は恋人同士だった。


大学時代、彼と私は同じ学科に所属していた。
講義も隣の席に座ることが何故だか多くて、それがきっかけで課題のことについてよく話すようになったんだ。
そして段々と親しくなって行った私達は、大学3年に進級した頃に彼からの告白で付き合い始めた。

付き合ってから知ったことは、彼が私に一目惚れしてくれていたということ。
講義の席も隣になることが多かったのは偶然ではなくて、彼の意思だったことを知った。
自分の気持ちを中々上手く伝えられない彼らしいなって微笑ましい気持ちになったっけ。

そんな彼とは社会人3年目になった今年も、順調にお付き合いをしていた。
そう…あの日だって、私は彼と幸せいっぱいな気持ちで一緒にデートをしていたはず。

なのにどうして。

どうしてあんなことに。



あの日、私と彼はいつものように週末のデートを楽しんでいた。
人混みに酔ってしまうというところが似ていた私達は、デートといえばいつも繁華街や駅前なんかは避けていた。
その日も例外ではなく、私達は公園を散歩するというとても落ち着いたデートをしていたんだ。

公園のベンチに座って他愛もない会話をしたり、公園を紅や黄に染めている紅葉や銀杏を眺めたり、犬を連れて散歩しているおじいさんに犬を触らせてもらったり。
ただそれだけのことなのに、彼とならすごく楽しくかった。

そして、そろそろ肌寒くなってきたねと夕方。
彼と手を繋いで、彼が独り暮らししているマンションまで戻ろうとしていた。


その時に悲劇は起こった。


私達の前を手を繋いで歩いていた親子。
お母さんらしき人は、片腕で2歳くらいの女の子を抱っこしていて、もう片方の手は4歳くらいの男の子と手を繋いでいた。
そしてその男の子の手には、きっとどこかの公園で遊ぶのに使っていたのだろう小さなサッカーボールが抱えられていた。


「あっ」


その男の子がそう声を漏らした刹那のことだった。
男の子に抱えられていたボールは、その手から逃れてコロコロと車道の方へ転がって行った。
お母さんがしっかりと手を握っていたのにも関わらず、男の子はお母さんの手を振りほどいてボールを追いかけ、車道に飛び出した。

そのすぐ後。


ファァァァァァン!!!!


誰もが振り返ってしまうほどのけたたましい自動車の警笛が鳴り響いた。

私はとっさに目を瞑った。

それと同時に、私の左手に握られていた彼の手がものすごい勢いで振りほどかれて。


「は、はじめ!!!」

「かおるぅ!!!」


バンッッ!!!


男の子のお母さんと私の叫び声が響いた後に、何かが破裂でもしたんじゃないかと思う程の大きく渇いた音。
その音が鳴り響いた瞬間、男の子のお母さんは必死の形相で車道に飛び出て我が子の無事を確かめに行った。

そして私は…

アスファルトにじわじわと広がっていく赤い液体と、そこに力なく横たわった大好きな人の姿を、
ただ茫然と見つめながら、そのまま何かの糸が切れたように地面に崩れ落ちていた。







「はじ…め…」


私は誰もいない自分の部屋でぽつりと大好きな人の名前を呟いた。

あの日の光景は今も目に焼き付いて離れない。
人ってあんなにたくさんの血を流すことがあるんだって思った。

あの後、彼と男の子は救急車で近くの病院に運ばれて、男の子のほうは彼が庇ったおかげで軽傷で済んだらしかった。
けれども彼は、病院までは辛うじて息があったものの、打ち所や出血の量…もうなにもかもが手遅れだった。

慌てて駆け付けた彼の家族と私が手術室の前で無事を祈る中、彼は手術室の中で息を引き取った。


「ねぇ、どうしてはじめ……どうして私を一人にしちゃったの…」


こんな言葉、彼に届くはずはないのに。

私は何かが取りついたかのように、ぽつりぽつりと独り言を呟き始めた。


「はじめ、私…今でも信じられないよ。ううん、信じていないんだよ。はじめがいなくなっただなんて。あの日事故に遭った彼は別人で…本当の斎藤一は…まだ生きて…生きて…」


言葉を発すれば発するほど、どんどん自分の感情が嵌っていくのが分かった。
そして気が付けば、私の目からぼろぼると大粒の涙が零れ始める。


「はじめ…っ!はじめ…っ!お願い帰って…っく…来て、よぉ…!わ、私…はじめがいなくちゃ…生きてっ、行けないんだよ…!どうして、わ、私をひとりぼっちにするの…っっ!」


お葬式の日も、最後のお別れのときも、私はこんなに泣かなかった。
それが現実だと認められなかったから。

だけど、彼がいなくなって二ヶ月が経った今、こんなにも涙が溢れだして来るのは、
やっと今日、自分の心が認めてしまったからなんだ。

彼の"死"というものを。


「はじめ、はじめ…はじめ…」


まるで壊れたテープのように、何度も同じ名前を呼び続ける。


「はじめ!ねぇ、はじめ…はじめ、はじめってば…」


答えてよ。ねぇ、答えて。
はじめは私をひとりぼっちになんかしないよね?


「はじ…め…答えてよ」


私は涙が目に滲みて、きつく目を瞑った。

その時、だった。


『呼んだか』


え………?


は?


えっと…え?



「きゃああああああ!!!!!」



目を開いたその先には、半透明な大好きな人の姿があった。




1日目

これは奇跡と呼べるのでしょうか


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