音もなく忍び寄る夜の気配と、微かな嗅ぎ慣れない女の匂いが晶馬を浅い眠りの淵から掬い上げた。深夜の我が家から耳を澄まさねば分からないほど小さく、床が軋む音や衣の擦れる音がする。そこで晶馬はああ、と感づいた。そして同時に、今日はわりかし早かったななどという感想を抱く。
愛しの妹はきっと夢の中だろう、彼がちゃんとそういったタイミングを心がける人間であることを晶馬は知り尽くしていた。女にだらしない性格だけは、いまだに理解しきれていないが。
まだはっきりとは覚めていない眠気が、再び晶馬を微睡みへと誘う。落ちかける瞼を必死に持ち上げて、半目になりながら薄暗い室内をぼんやりと見る。固定された視線の先に僅かに人影らしきものを捉えた瞬間、すぐ隣に人の体温を感じた。息づく音が聞こえる、知っている温度だ。
「――ただいま」
目にかかる前髪をはらうようにして、こちらに伸びてきた手が優しく動いた。兄の――冠葉の温度が手からじわりじわりと広がり、とうとう瞼を閉じてしまう。心地良いこの一時を晶馬は宝物のように感じていた。兄の低く落とされた声音も何もかも、晶馬は愛していた。
「おかえりなさい」
拙いが確かに返答を返した晶馬は再び眠りの淵に誘われ、意識を彼方へと飛ばす。暖かい朝が訪れるまでまた暫しの別れを惜しみながら、夢の国へと旅立った。
きっと穏やかな笑みを浮かべている兄と迎える朝が、晶馬は待ち遠しかった。


ゆりかご
(:20131204)
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