梅雨明けが突如発表されたと思ったら途端に気温は右肩上がりになり、今年も鬱陶しく厄介な夏が足早にやってきた。夏休みまで指折り数える歳はもうとうの昔に過ぎ去ったはずだが、学生という身分にある限りはきっと何度でも胸を高鳴らせその時を待つのだろう。まあ今はそんな楽しみの前に定期テストなる体力も精神力も等しく抜き取られてしまう行事が待ち構えているのだが。熱中症対策に導入されたクーラーが教室内を快適な空間へと作り変えていく。小学生だった当時の自分に教えてやりたい、下敷きで涼をとる必要がすぐに無くなるから期待していろと。
数学教師の長ったらしい説明口調は、昼休み後の満腹感に満たされた生徒の諸君には子守唄も同然だ。かく言う俺もその一人で、うつらうつらと船を漕ぎそうになる。起きていなければという使命感も苦手分野の授業では湧くはずもなく、とりあえず寝ているということを悟られない態度を取るための努力は僅かながらにした。
睡魔が瞼を重くさせ、そろそろ限界だろうなと頬杖をつく手を外す。周りを見ればまだその誘惑に抗っている勇者や、すでに脱落し今にも寝息が聞こえてきそうなくらいぐっすりな者など実に様々だ。だが大半の生徒の体勢は前のめり気味で、それを知ってか知らずか、構わず板書を書き連ねる教師には思わず拍手を送りたくもなった。
ふと、視線を左の方角へと移す。微睡みに沈みそうな教室の中で、一人真っ直ぐに板書を見つめる男を見つけた。手持ち無沙汰にシャーペンをくるくると回し、時折ノートに文字を書き足す。それを繰り返し繰り返し。なるほど、睡魔に対抗できた人間がここにも一人いたのかと感嘆の声を上げそうになるが抑える。しかも相手が相手なこともあり素直に称賛できない。だがしかしまあ頭の良い奴はやはりしっかりと授業を聞くものなのだなと改めて思う。俺だって現文やら古文の時間になればそれなりに真面目に聞いているのだから当たり前か。数学に関しては、歩み寄ったってあちらが逃げてしまうのだからしょうがないという諦めの精神でかかっているのだ、全てにおいてこんなわけではない。こう見えて俺は品行方正な人間なのだ。
さてそろそろ本格的に寝に入るかと奴から視線を逸らそうとした時、それまで黒板に向かっていたはずの瞳が不意にこちらの方向をむいた。やばい、と直感した時にはすでに遅く、ばっちり目と目が通じ合うなどという不覚の自体に陥った。バックグラウンドで女性ボーカルがラブソングを歌ってなどいない、甘い雰囲気などではなくもっと緊迫した危機的状況だ。一部の方面の方にもしかしたらネタを与えてしまうくらいの。
冷や汗が背中を伝ったのがありありと分かった。口元は歪な弧を描く。あちらは大きく眼を開き、ぱちぱちと何度か瞬かせた。寒い、明らかにこの状況は寒い。クラスメイトとしかも男と授業中に目が合ってしまうなど、比企谷八幡という人間がこの十七年間を過ごしてきてトップいくつくらいに入る程度には大きな失態だ。頼むからそのえらく冴えた頭でもって何事もなかったかのように振舞ってはくれないだろうかと、無駄な足掻きを脳裏で連ねる。
その長く思えた一瞬の内に奴は唖然としたような態度を一変させ、あろうことかとびっきりの笑顔でもって俺に応えた。手を振る、などというところまでには至らなかったが、満面の笑み。そして何事も無かったかのように再び前を向く。遅い、遅いぞ何故もっと早くにそれをやってくれなかった。口元がさらに引きつった。
チャイムはまだ鳴らない。居心地の悪さだけを引きずって、俺はあと残り二十分という地獄のような時間を過ごさなければならなかった。


安い顔なら捨てておけ
(:20130710)
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