「逃げ場を無くそう。俺も、お前も」
何を言われているのか、言葉を噛み砕いて理解しきるのに随分と時間がかかった。信じられないというような表情で、呆然と見る男は先程から実に楽しそうである。
「まずは……そうだな、戸籍を消してみるなんてのはどうだ? なかなかドラマチックだし、馬鹿らしくて笑えてもくるだろう?」
何を、何を。奴の唇から発せられるのは果たして日本語なのかも、もはや自分には怪しく聞こえた。僅かながらに働く思考が叫ぶ、無理に決まってるだろうそんなこと、と。しかし一方で本能は理解していた、こいつならきっとやりかねないと。
相反する意見に振り回され、いまだに一言も発せられない俺を嘲笑うように九十九屋は口元に弧を描いた。
「どうした折原、こういうのはお前の得意分野だろう?」
ああそうさ、その通りだ。だけど、それは俺が当事者でないからできることだ、そんなのはとっくの昔に自分で理解していた。だからこそ、いきなり表舞台に立たされて狼狽えている。
逃げ場を無くす? そんなの無理だ、だって俺は常に逃げ場所を作らなきゃ上手く息をすることだってできないのに。
「だからだよ」
心の中を読んで知ったかのような台詞を、九十九屋は吐き捨てた。いつの間にか浮かべられていた笑みは鳴りを潜め、滅多に見せない無表情でもってこちらを見つめてきていた。
「いい加減、意地を張るのはやめにしよう折原」
もっと素直になるんだなんて、どちらにとっては似ても似つかぬ言葉。
「無理に決まってるだろ……」
悪足掻きもか細く、滲む視界がその先を映し出すのを最後まで拒んでいた。


おまえのためさ
(:20130706)
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