※教師×生徒


日本文学の良さをたらたらときっかり一時限分語られたってなんのためにもなりゃしないと、息のしやすい奴のもとに逃げてきたのは紛れもない事実だ。
不可解な哲学書に彩られたなんとも埃臭い資料室でコーヒーをすする。安っぽいインスタントの香りが鼻孔をくすぐる。今日はブラックな気分ではなくて、いつの間にか備え付けられていた冷蔵庫から牛乳を取り出してたっぷり注いだら、見事な比率でカフェオレが完成した。なかなかの出来に満足するが、所詮インスタントはインスタント。少しがっかりする。
「単位落としても知らないぞ」
特に呆れるでもなく言い放った、自称教師の変人に向けて口を開く。
「計算してるから平気」
「そのやる気をお前はもっと他のことに活かすべきだと思うんだがなあ」
「そんな気があるんだったら、最初っからこんな底辺校に入学なんかしてこないし」
「正論だ」
先程自分が淹れてやったブラックコーヒーを、不気味な笑い顔も隠さずにすする男は、実は担任だったりするのを思い出した。別に支障があるわけでもないのだが、ふとした瞬間思い出したので。目の前のこいつが、たとえどんな役職についていようが自分には関係ない。
「だが後で泣くのはお前だぞ」
「誰が泣くか。大体、こんなやっすいカリキュラムを我慢して受けてやってるんだから、サボりの一つや二つ見逃せって話なんだけど」
「少なくともその屁理屈が通用するのは俺だけだと思え折原」
変わらぬ顔色でプリントの束に一つ一つ目を通す九十九屋。恐らく先日行われた日本史の小テストだろうと推測する。
そういえばやけにひねくれた問題ばかりだったなと、臨也は九十九屋のくだらない気分から、急遽テストが行われた先日の日本史の授業を思い出した。下手すりゃ大学入試センターレベルの問題を、なぜこの時期にわざわざ出したのか。
問うまでもない、全ては奴が面白がってやっていることだ。若干の苛立ちに、眉へ皺を寄せる。
「しかめっ面か、せっかく良い顔してるのに台無しだぞ。ああ、いや美人は怒った顔も綺麗だというから、必ずしもそうではないかな?」
「お前のせいだお前の」
「時に折原、そろそろ四時限目も終わるんだが」
ちらり、と九十九屋が壁で静かに秒針の音を響かせる時計へと視線を移した。確かに、あとほんの数分ほどで授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
午前と午後の境目を告げる、学生にしてみれば至福の、昼休みを告げるチャイムでもある鐘が。
「出てけってこと?」
「昼飯の心配をこれでもしてるんだが」
「いらない、お腹減ってないし」
「だから細いと指摘されたことはないのか」
「うるさいなぁ…」
喧しい教師に悪態を吐きたくなりながら、それをぐっと堪えて自分もまた時計を見つめる。あと、1分。
「そういえば顔色が悪いな折原、風邪か?」
「は?」
「いつもならもっと煩いはずが、今日はやけに静かだと思ったらそんなことか」
「いやいやいや、なんでもう確定してんだよ」
「というわけだ、帰ることを俺は推奨するぞ折原。こじらせて困るのはお前だろう」
「だから…」
「こんなに顔を火照らせているのに説得力にかけるんだが、そこのところはちゃんと自覚しているか?それとも熱で思考が鈍っているだけか?」
突然迫ってきた奴の手に、咄嗟のことでろくに反応もできなかったため、その手のひらはいつの間にか自分の額へと置かれていた。確かに、熱を出しているからなのだろうか九十九屋の手が僅かに冷たく感じる。朝から食欲がなかったのはこのせいか、久しぶりのことで気づけなかったことに少し悔しく思う。
「季節の変わり目だ、体調管理はしっかりしておかないと響くぞ」
「その胡散臭い教師面やめろ」
「教師だからな」
離れていった手のひらに、なんでか名残惜しさを感じてしまった。これは重症だ、早急に帰宅しようと即座に考える。
「これでも心配なんだよ、可愛い教え子の一大事だからな」
「気色悪さのギネスでも更新すれば?鳥肌立つから冗談でもやめろエセ教師」
口だけは達者だな。九十九屋の、笑い声も多少混じった呆れ声がぼそりと吐き出された。


(:20110528)
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