珍しく甘いものが食べたくなったその日は、奇しくも自分の誕生日だった。
 夕飯もとうに済ませた時間帯に、しかもそろそろこどもの日に日付が変わろうかというなんとも微妙なタイミングでもって訪れた欲求に体を外へ動かす気にもなれず、かと言って食欲を素直に抑えられるのかと聞かれればそうもいかない自身に頭を悩ませる。どうせ食べるならコンビニやそこいらの安い甘味じゃ納得はできない。無駄に肥えてしまった舌は、金に困らない裕福な暮らしを体験してしまった弊害か。何にせよ全体的に面倒くさいことこの上ない状況に置かれてしまった。進めていた作業に手もつかなくなり、背中を預けていたソファに勢い良く倒れこむ。
 ――そう言えば、去年の今頃はどんな風だったっけか。
「珍しいな、お疲れか?」
 ぼんやりと天井の照明をただ眺めていただけの視界に闖入者が一人。そう取られるようわざとしているのかなんなのか知らないが、相変わらず何を考えているかいまいち掴みづらく、気に食わない笑みを貼り付けてこちらを見下ろす男――九十九屋に自然と不機嫌な声が出る。
「お前には関係ない。第一なんで帰ってきたんだよ、あと三日は向こうにいるって今日言ってたのは誰だ」
「そうイライラするなよ折原。予定が予想以上に早く進んでいってくれたんだ、おかげで三日かかるところを半日で済ませられた」
「誰のせいだと……飯は無いぞ」
「大丈夫だよ、食べてきたからな」
 もうあと当分は見ることがないだろうと思っていた後ろ姿は、一風呂浴びてくると言い置いて浴室の方へ消えていく。そう言えば、と思い出す。去年の今頃、まだ奴はここに姿はなかった。奴どころか自分でさえも。確か去年の自分の誕生日は、あの新宿の家で迎えたはずだ。久しぶりに見るホールケーキはそこそこ値段の張るもので、しかも俺が買ったわけではなく九十九屋が面白がって持ってきたものだった。
 特に祝うような言葉もなく、だが雰囲気が雄弁に語っていた。九十九屋のくさいところはそれなりに知っていたつもりだが、その時はこの瞬間が人生で一番恥ずかしいと感じた一瞬だと思っていた。後にそれは更なる羞恥によってすぐさま上塗りされてしまうのだが。
 今の住居は新宿からも池袋からも多少離れた場所に構えられている。と言っても電車一本でどちらにも通えてしまう範囲だし、都内であることには変わりはないのだが。結果的に九十九屋と同居している形にはなっているが、そうしようとはっきり口に出して言われたわけではない。一緒に住むことにお互いの利害が一致していたわけでもなく、ここが前の居住スペースより便利かと聞かれればノーと答える。恐らく住み心地で言えば今よりも以前の方が良かったのではないだろうか。なら何故こんなところで生活を営んでいるのか。
 自分でもいまだに甚だ疑問なのが正直なところだ。ただひとつはっきりと言えることは、こうでありたいとこうしなくてはいけないのだと漠然と感じたのは他ならぬ俺自身であるということ。そう感じた理由を探るためにも、ここで奴と生活を共にしていると今は答えようか。
 さして長くもない回想を終えた後に残ったのは小さな後悔だった。一年前に九十九屋が持ってきた、明言はしていないが俗に言う誕生日ケーキの味が舌に蘇る。本当に悔しいことだがあれがなかなかに美味であったことは認めざるを得ない、ケーキに罪はない。先程まで彼方に置いていた欲求が大きくなって戻ってきてしまった。藪蛇だったか、それもこれも全部九十九屋のせいだ。今ここにはいない奴への恨み事を眉に皺を寄せ並べていると、頭上に微かな重みがかかった。
「さっきよりも不機嫌そうだな」
 ふわりと匂ってくる石鹸の香りが風呂あがりの九十九屋の存在を知らせる。顔は見えないが多分また笑っている、今度は馬鹿にされてるみたいで癇に障った。頭のてっぺんからどかされない重みに、早くどかせという意味も込め手を伸ばして掴めば何か箱のような感触があった。
「邪魔なんだけど、これ。っていうか何、早くどかせよ」
「一応中に入ってるのは生ものだから丁寧に扱えよ、折原。崩れたって俺のせいじゃないからな」
「は?」
 九十九屋の言葉の意図をいまいち理解しきれず訝しげな声を上げれば、仕方がないというような小さな溜め息のあと眼前に背後から長方形の白い箱がぶら下げられる。
「俺が今日で最後か最初かは知らないが、ひとまず言っておくよ。おめでとう臨也」
 甘い匂いは錯覚などではなく間違いなく目の前のケーキボックスに入っているものからだろう。ついさっきまで欲していたものだ。しかも後数時間もしないうちに終わってしまう今日は己の誕生日である故に、渡されたとしてもなんらおかしくはないものでもある。
 九十九屋にはっきりと「おめでとう」などと口に出して渡されたものだから、変な混乱に陥っただけで。
「忘れてると思ってたか?」
「……お前のそういうとこ、ほんと気に食わない」
「俺は好きだよ、お前のそういう悔しげな顔」
 やっぱり、こんな奴と一緒に暮らすんじゃなかった。


おもいっきり遅刻かましましたが、臨也ハッピーバースデー!!
(:20140505)
「溺愛」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -