可愛らしい足音がやってきたと思った。窓際に向けていた視線を入口の方向へやれば、控えめなノック音の後に司令室の扉が小さく開かれる。隙間から覗き込むように現れた見慣れた顔に微笑みかける。
「あら、電じゃない。どうかした?」
「はわわ…! 陸奥さん、いらっしゃったんですね」
「ええ。あら……誰か探してるの?」
 伺うように辺りを見回す姿に、およそ探し人の見当はついたがあえて聞いた。しかしあの上司にも困ったものだ、陸奥はひっそり心中で嘆息する。
「あ、えっと……司令官さんを探しているのですが……」
「ああ、提督」
「はい……。この間の遠征の報告書を提出したいのです、陸奥さんは提督がどこにいらっしゃるかご存知ないですか?」
 おずおずといった風な様子で控えめに問いかけてきた電に、やはりかと陸奥は頭を抱えたくなったがぐっと堪える。両手に抱えた書類の束が今にも零れ落ちてしまいそうな、そんな拙さが愛らしい彼女に戸惑った表情をさせるだなんて、全くあの甲斐性なしは一体どこに消えたのやら。
 苦い顔をする陸奥を心配そうに見上げる電へ、至極申し訳なさそうな声音でもって言葉を返した。
「ごめんなさい、私も知らないの。私がここへ来た時にはもう提督はいなかったから」
「そう、ですか……。すいません、ありがとうございました」
「いいえ、私の方でも探しておくわね」
「えっ、そんなお手数をお掛けするわけには……」
「いいのいいの、任せておいて」
「は、はいっ! よろしくお願いしますなのです!」
 ぺこぺこと頭を何度も下げ、退出していく彼女の後ろ姿に手を振る。ぱたん、と司令室の扉が再び閉まった瞬間と同じタイミングで大きく溜息をついた。おおよそのまた例の場所で呆けてでもいるのだろうとなんとなく確信めいた予感に突き動かされ、陸奥自身もまた司令室をすぐさま後にする。
 歩みが目指す先は、この警備府の最上階。


***


「随分といいご身分ね」
 嫌味ったらしく吐き捨てた背中に、恨みがましく視線をぶつける。チクチクと責めるように刺さるそれに耐えきれなくなったのかどうかは知らないが、こちらをゆっくりと振り向く男の表情は少し苦々しい笑い顔だった。
「なんか言葉の節々に刺を感じざるを得ないんですが陸奥さん……」
「電が探してたわよ。面倒かけてる自覚、ある?」
「……すいません」
「よろしい」
 観念したかのように頭を下げる仕草に満足する。
 ふんぞり返りながらしょんぼりとする提督を見ていたら、そんなやりとりもだんだんおかしく思えてきて、小さく吹き出すように笑えばつられてあちらもたははと弱い笑い声をあげた。
 横風が髪をさらって、なびく様を眺めた提督は懐かしむかのように呟く。
「陸奥と初めて喋った時も、ちょうどこんな感じだったっけ」
 警備府の屋上から臨む景色は黄昏時の海。水平線に沈んでいこうとする太陽をこの場所で目の前にしたのは、確かにこれが二度目のことである。
「あの時は真っ青な顔してたわね」
「緊張し過ぎて気持ち悪くてね……外の空気吸おうって思ってここに来たんだ」
「舞鶴から左遷されたばかりの新任提督だったものね」
「左遷って言うなよ……適材適所だ」
「そうね、左遷されてたならこーんな素敵な新造艦、プレゼントなんてしてもらえないものね」
 我ながら意地の悪い返しだとは思ったがどうやらあちらには受けたらしく、弱々しかった笑みに少しだけ明るみが増した。自信満々だねと言ってきた彼に、当たり前だとふんぞり返る。
「私は超弩級戦艦の一人ですもの」
「流石、やっぱり貫禄が違うよね陸奥は」
「ちょっと……それ私が年増とでも言いたいの?」
「ち、違う違う!!」
「あらそう、ならいいけど」
 少しいじめればすぐに慌てふためく様も何もかも、彼は出会った当初から何もかも変わらずにいた。決して成長していないというわけではなく、しかしそれでいて初心を忘れない彼が陸奥は好ましくそして自慢だった。
 口には出さず心中にとどめたままの想いは、きっとわざわざ言葉に表さなくとも気づかれているのだろうなという予感が陸奥にはあった。でなければ今も穏やかに笑む彼はここにはいない。
「戻ろうか陸奥、電が探してるんだろう?」
「ええそうよ、早く行って安心させてあげなさい提督さん」
「ははは、うん」
 伸びる彼の影を守るように寄り添うように、そっと陸奥の影が重なった。


(:20131025)
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