そこでは部屋の中央に置かれていた水槽が一際よく目立った。
 中では色鮮やかな熱帯魚が泳いでいるのではなく、祭りの屋台などで普通に見かけるようなごく一般的な金魚が数匹、右往左往しているだけだった。
 決して狭いとは言えない箱のなかで、忙しなく泳ぐ彼らは何を考えているのだろう。ぺたりと、臨也は薄暗い部屋でぼんやりとした光を帯びるガラスに手をついた。

 この硝子の中身は、以前見た時にはもう数匹ほどの金魚が今のように泳ぎまわっていた。臨也の記憶している限りでは、それはつい二ヶ月前の話だ。
 不思議そうに水槽を覗く臨也に、部屋の主――九十九屋は、何でもないかのように言い放った。
「共食いだよ」
 振り返る臨也に、机上のモニターに視線を向けたまま九十九屋は続ける。その声音はいたって単調なものだった。
「いるだろう、一番でかい奴が。そいつが見ない間に仲間をぺろりと、な。餌を与えてなかったわけじゃないし、特段水槽が狭いわけでもないのにな。まあそいつからしてみれば一緒の水槽にいただけで、他の奴なんて何でもなかったんだろうが」
 他人だったからできたんだと、最後にほくそ笑むのを忘れずに言った。金魚にも人間と同じ概念が通用するんだなとこちらを揶揄するような視線を一瞬送り、九十九屋はその後また無表情で液晶を見つめ続けた。
 可笑しな話だ。人間をこんな狭い箱の中で飼われるしか他に生きていく術がない動物なんかと一緒くたにするのはナンセンスすぎる。自分はそんな生き物に興味を示した覚えはない。
 人間はもっと利己的で複雑なものだ。欲求に忠実なのかと思いきや、それとは裏腹に余計なことでいつまでも考えこんだりする。愚直であって一途であり続けられない生き方を他に誰ができるというのだろうか。
 ただ、臨也は考える。この水槽の中の世界は、人間社会の縮図かもしれないその可能性を。身体の大きいという水槽の中の強者である金魚は、理不尽な理由をもってして己より身体の小さいという弱者である金魚を平然と食べてみせる。
 弱肉強食とは少し違う。餌も住む環境も豊かだというのに、彼らは残酷だと言われるような行動に走った。主な理由が無いにも関わらず他人を傷つける人間そっくりだ、臨也は無感情に彼らと人を重ねあわせた。
 そして臨也は、己がいつまでこの水槽の外の人間でいられるだろうかとも思った。もしくはすでにもう自分も、水槽の中なのかもしれない。ならば回遊する強者を傍観できる場所は、この狭い環境の中のいったいどこなのだろう。
「なんだ折原、お前魚に熱烈な興味でも沸いたのか?」
 ただじっと見つめていた水槽の向こう側から、九十九屋は笑い混じりの声音でもって聞いてきた。
 当然臨也は金魚に興味を示していたわけでも何でもなく、その問に冷めた声音で返事をする。
「な訳がないだろ」
「なんだ、よかったら譲ってやろうかとも思っていたんだがな」
「いらないよ、こんな縁日でとれるような安い魚なんか」
「ああ、よく分かったなそうなんだよ。たまには祭りにも行ってみるものだなあ折原、おかげで面白いものも見れた」
「ああそうかい、それはよかったな」
 興味が無いといったような様子で、しかし言葉とは逆に臨也の視線はずっと水槽の中に注がれたままだった。そこに、何の因縁もあるわけがないのに。
 こぽこぽと、酸素が絶え間なく供給される水箱。いつか自分もここに押し込まれる日が来るのだろうか。
(馬鹿馬鹿しい……)
 感傷的な己を嘲笑し、臨也は静かに硝子を叩いた。


(:20120503)
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