「ここがお前の箱庭だよ」
 無機質な空間が奴の言葉一つによって途端に意味を成したかのように、ぱっと人工的な明かりでもって照らしだされた。眩しさに目を瞑る暇もなく、眩さに怯んでいる隙に自分に向かって伸ばされた九十九屋の腕に捕らえられ容易く胸の内に閉じ込められてしまい、為す術もない。言うなれば一種の監獄のような、それはとても奇怪で歪で忌むべきものだった。少なくとも、俺にとっては。
 それを心地良いと感じるようになってしまったのならば、イコール“折原臨也”一個体として終わり迎えるということ。無様に奴に飼われる道化と化し、存在意味さえも全て闇の中へと消えて行く。緩やかな首輪は真綿のように首を絞め、言外に逃げられなどしないという意を含めて俺を縛る。この、ちっぽけな箱の中に。
「前か後ろか、お前が選べ折原」
 責任は全て俺にあると、言わなくとも伝わる。九十九屋という男はそういう人間だ。いや人間などと同系列で並べてしまってはいけない。
 あの男と同じだ。こいつは、化物。
「選んだところで結末はかわらないんだろう」
「捻くれた考え方だな。もっと純粋に良い意味では受け取れないのか?」
「残念ながらそういう風には育ってないもんでね」
「育てられていない、とは言わないんだな」
「…………」
「なんだかんだ言って、お前もちゃんと人間臭いじゃないか」
「俺は人間だ」
「さあ、どうなんだろうな」
 俺が人間でないなら、お前たちはどうなんだと反論したくなる気持ちはぐっと堪え、喉の奥へ奥へとおしやる。こうしてペースを乱し揚げ足を取られるのはもう何度と経験したことだろうか。だからこいつは嫌いなんだと、言わなくなっただけまだ成長したと言えるだろうか。
 無知は罪だとあれほどまでに教えられたことはない。九十九屋に反抗するということは、すなわちリスクを負うということだ。どんな状況であれ、こいつは必ずこちらを陥れようと画策する。俺が、そうであるように。
 こんな奴と似ていると、そう考えるだけで鳥肌が立つのは止まらないが、元々この世界に足を踏み入れるきっかけとなったのは九十九屋真一というある要素が加わってこそのことなので、悔しいがそれ以上は何も言えない。
 一生の屈辱とやらがあるのだとしたら、俺にとってはこいつを初めとしてしまったこと以外に何もありはしない。
「さて、どうする折原?」
「どうもしないさ。これまでもこれからも、ずっと変わらない」
「ああ、それも確かに面白いな」
「別にお前がどう思おうと俺には関係ない」
「しかし時に折原、街はそれでは動いてはくれないぞ」
「……だからどうした」
「他に方法なんてないさ。街はああ見えて寂しがり屋なんだ、もっと誠心誠意を尽くさないとな」
「馬鹿馬鹿しい。お前のその擬人法には飽きた」
「これをただの妄想と受け取るのは折原、お前の勝手だが、結果は目に見えているぞ」
 何もかも知っているんだと言わんばかりの、この憎たらしい表情に爪を立てて切り裂いてやったならば、裂け目からは一体何が這い出てくるのか。およそ検討もつかなければ、したくもない。
「お前なんかに、俺の何が見えるんだよ九十九屋」
「ご想像に、お任せするよ」
 厭らしく弧を描いた奴の口元から吐き出された呪詛が纏わりつく。
 だから俺は、九十九屋が嫌いなんだ。


2012,0624,COMIC CITY東京129ペーパーより一部加筆修正
(:20121208)
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