事切れたかのように眠る同居人の額にかかる、黒塗りの艶やかな髪をはらう。かろうじて呼吸をしていることは、僅かな音となって漏れる様子からしか判断できないくらいには微動だにしない折原。そういえばうっすらと隈が目の下にできていた。恐らく三日自分が家を留守にしていた間、完徹でもしたのだろうと用意に推測ができる。いい加減今の職から引退すればいいものを、九十九屋は軽く溜め息を吐く。未だに同居していることでさえ(九十九屋自身にしてみれば同棲と言っても間違いではないのだが、折原本人が嫌がるので)若干の否定さえしてくるほどだ。
野良猫をほだすには時間がかかるとは言うが、これは些か寂しいものだなと九十九屋は思った。
折原臨也との同居生活が始まったのは、かれこれ三年前の話だ。
本当に気紛れと言えば気紛れから始まったものなのだが、九十九屋はこれはこれで気に入っている様子で、折原自身もすでに諦めたというような様子で互いに衣食住を共にしている。
価値観の違いからのいざこざなど、最初は様々な問題が二人には存在した。と言っても、全部が全部折原からふっかけてきたものばかりだ。いつもの姿勢を崩すことなく対応する九十九屋に、何度折原が青筋をたてたかは定かでない。まあ、だからといって二人の仲が険悪になることは決してなかった。それは九十九屋が普段の折原からは想像もできない姿を見て楽しむという可笑しな性癖も理由の一つではあったが、一番の理由は、
「なんだかんだで折原も物好きな奴だからなあ」
一番の理由は、折原が少なからず九十九屋に対して好意を抱いている、という点だろうか。それも滅多に見ることはできないのだが。
「可哀想な奴だよ、お前も」
少なくとも、プライドというまた安直な理由から自分に対抗心を抱いてしまったのが、折原が今この場にいる直接の原因となっている。しかしそれがなければ、折原が九十九屋のことを好きになることなど、まずあり得なかっただろう。
奇怪な運命に感謝しつつ、未だ眠る青年へ九十九屋は口付けを一つ落とした。
(:20110521)