えらく素直じゃないかとせせら笑われたのが癪ではあるが、奴のそんな態度にそこまで気分を害されたわけでもないのがここ数年の己の成長というやつなのであろう。非常に遺憾極まりないことは確かであるが、九十九屋が自分に対して深い影響力を与え続けていることに今更いちいち苛立っていても仕方がない。上手い具合に流すやり方も、ここ数年で学習した。
「通い妻具合もだんだん様になってきたな、今度からエプロンでも用意しておいた方がいいか?」
「そんなものになった覚えはない」
軽口の応酬でささやかな抵抗を見せてはみるものの、自分の行動は九十九屋の言う通りどこぞの通い妻らしきものであることに変わりがないのが僅かに苛立たしいことだ。そもそもやりたくてやっているのではないというのに、と誰に零しているのか心中で愚痴る。面と向かって九十九屋に言えばまた嘲笑われることは十中八九間違いないので静かに唇にチャックした。
今では小学生のように細かなことで突っかかることもなくなり、認めたくはないが九十九屋との間柄は以前よりも大分穏やかなものとなっている。むしろ過去の自分を思い出しては何故にあんなにも躍起になって九十九屋に食いかかっていたのか理解できないほどだ。人はそれを絆されたというのだと呆れ顔で指摘してきた秘書である波江も、自分のこのまさに青天の霹靂たる変化には僅かな戸惑いを見せていた。
正直、今更どう変わろうとそこまで興味はない。あくまで己の興味は常にその対象を人類そのものへと向けているのだから。ただ、最近ではその興味とはまた別のベクトルの感情が自分を不可解な方向へと突き動かしていた。掴み所がなく、表現に困難を強いるその感情の出所ははっきりとしているのに、それを不快だと思うことも消し去ろうと思うことも自分は微塵たりともしなかった。
ただ一つ分かることと言えば、九十九屋が自分の名を呼ぶときに高鳴る心臓の小さな鼓動だけ。
「献立に悩んで時間を食うのは構わないが、さすがに冷蔵庫の扉は閉めてくれよ折原。部屋が寒くなるだろう?」
「そこで電気代の心配をしないお前も大概だ」
何が楽しいのかくつくつと喉を震わせる九十九屋に対して零れ落ちる溜め息だけは、数年前から変わらずのままだった。


(:20121014)
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