※ED後 大学生・同棲設定
※主人公:月森孝介


昨年よりも熾烈さを増した暑さにうんざりする気力もなければ時間もないので、とにかく炎天下を歩くしかなかった。ろくに汗もかけない新陳代謝が嫌になりもするが、どうにかして重たい足を進める。どうせ家に帰ればどうとでもなる、いやどうにかしてみせると変に気合を入れて。
それまで慣れていた筈だった都会の暑さに顔をしかめたのはこれで二度目のことだ。一度目は去年、八十稲羽から一年という約束の期間を経てこちらへ戻ってきた年の夏のこと。あちらの暑さというのはこちらのものと違ってもっと爽やかで心地のいいもので、こちらでまた生活し始めてからというもののじめじめとした都会特有の温度に辟易しながらも受験勉強やバイトに勤しんでいたことを思い出す。それに上手く体は適応してくれたらしく、特にこれといって激しく体調を崩すということはなかった。むしろ元気過ぎたくらいで。
そして二度目というのは、それからまた一年の時間を経た今年の夏のことである。未成年というくくりからようやく抜け出すことの出来る第一歩目の年、待ち焦がれていた年。
ポケットの中で控えめに振動する携帯のバイブレーションを察知して、適当な木陰を見つけて液晶を開いた。隙間から差す光で反射して白くぼやける画面は辛うじて見ることが出来た。
読み取ったメールの内容から即決する。ああ、これは早急に帰らなければ。
焦るようにフリップを閉じ元あったポケットへと携帯をねじ込んで、途端に気力が沸いた反動を上手く活かし走り出す。一分一秒が勿体無く感じられて、どうして今日に限って徒歩で大学に行こうなどと考えたのか今朝方の自分を恨めしく思った。
目的地まではそう遠くはないはずだが、逸る気が距離を錯覚させる。たった十メートルの距離でさえ、今の自分にしてみれば百メートルにも二百メートルにも感じられた。火を吹くように熱い体も気にかけず、こんな気温の中馬鹿みたいに猛ダッシュする自分の姿を、奇妙なものを見るような視線を向ける外野をも気にせず、肩にかけたショルダーバッグが先ほどからがしゃがしゃと忙しなく音をたてるのもどこか他人事のように、残り五十メートルをきった目的地のシルエットだけを見つめひた走る。
さっきまで大人しかった汗が突然噴き出して、ああこれはきっと見たらびっくりさせるだろうななんて暢気なことを考える余裕はまだあった。
タイミングよく青に変わった信号を今日だけは褒め称え、今にもそこを飛び越えそうな勢いで走り抜ける。アパートの敷地内に入り、エレベーターを待つ時間さえ惜しいと真っ直ぐ向かった階段を駆け上がり、階数を一階二階と重ね、五階まで到着したとき向こう側からお目当ての人影を見つけてつい頬が緩んでしまった。手をあげて、声をかける。
「陽介」
ヘッドフォンのあちら側にもきっと届いたのだろう、下を向いていた顔が跳ね上がりこちらを見る。陽介ははにかむように笑うと同時に、手にひっかけていたコンビニのビニール袋らしきものを持ち上げた。がさりと音をたてたそこには、きっとじわじわと溶け始めている例のものが収められているのだろう。希望していたものは買ってきてくれただろうか、いや今はそんなことよりもやるべきことがたくさんある。
「おかえり、月森」
アイス早く食おうぜ、と小走りで駆け寄り笑った陽介と共に、待ちわびた我が家へと帰る。そうだな、あと腹ごしらえを終えたら一緒に惰眠でも貪ろうか、陽介。


(:20111129)
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