いたい、いたい。何度も繰り返すように聞こえた声がたまらなく嫌だった。心中は黙れ黙れと、なおも叫んでやまない。そのうち、なんだかしょっぱいものまで流れてきてしまった。ああこれは涙かなんて、どこかの俺が呟く。頬を絶え間なく流れてはぼたぼたと地面に吸収されていく光景は、そのうち体内の水分を根こそぎ持っていかれるんではないかと心配になる。感情による人間の無自覚な行動というものは意外と体力を浪費するようで、今は体が重くて仕方がないのだ。
いや、違う。
やけに落ち着いていたどこかの俺が言った。痛がっているのは俺自身。体が重いのは、抱き締められているからだ。
「いざや、なくな」
上手く聞き取れない声が、わずかにだが耳に届いた。恐らくこれは聞き取れないのではなく聞きたくないと拒絶しているのだと、またまた俺は言った。
聞けよ、聞きたくない、聞かなきゃ。相反する気持ちの数々が、脳内を引っ掻き回して大騒動。
「臨也、泣くな」
泣くなだなんてまた難しい質問だよね、声に対する答えは音にならずに消えた。嗚咽が漏れてきて、多分だけどいよいよ自分は咽び泣き始めたのかもしれない。なんだか鼻の奥がつんとするのだ。体ももっともっとだるくなる、助けてほしかった。つらいんだ、と何度も叫んだような気がする。
後頭部を暖かいものが包んだ。大きな彼の手のひらだと俺は言った、ああそうなのか。あの逞しい胸板に顔を押し付けられた。涙でぐちゃぐちゃになった顔は見られていないよと俺は言った。何度も何度も、背中を何かが行き来した、これも彼の手らしい。
あったかいね、あったかいよ。
滲んでる視界ではよく捉えられないけれど、確かに黒と白と金のコントラストがそこにあって、途絶えることのない塩分の雫を優しく掬い上げるのは長い指だ。そのうち瞼に何かが降ってきて、顔中に雨のように降り注ぐものを甘んじて受ける。次の瞬間には唇に落ちてきて、弾力のある柔らかな感触と微かな体温がそれをキスだと物語る。
こじ開けるように侵入してきた舌からいやいやと首を振って逃げようともしたのだが、あの大きな手のひらが未だに後頭部を押さえ付けていて、それに加えて逃げる舌を追うように彼の舌が咥内を荒らす。なぞって、絡めて、卑しく混じり合い始める。
「逃げるなよ、絶対、お前だけは逃げんな」
それは無理な注文だよシズちゃん。蕩けた視線で訴えかけたかったができなかった。荒れる息と鼓動が止まらず走り出すのがなんだか不快。
「っ、…この、けも、の……」
「うるせぇ、往生際の悪い手前のせいだ、全部」
そりゃ好きだ、なんて言われたら逃げるよ、ばか。


(:20111125 加筆修正)
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