※弟(学生)×兄(ニート)


無機質なマウスを動かす音が嫌に室内に響いた。隣で一定の間隔を持ちながら発せられるページの捲れる音と共にそれはよく響く。イヤホンでもして遮断してしまおうかとも考えたけれど、一抹の不安を覚えよしておく。気配は一つ、あきらかに異質な、弟のものだ。面白くもないだろうに自分の趣味関連の雑誌を読み漁る奴は奇妙で、奇怪だ。
カチ、カチとマウスを流暢に動かす。なんの目的もなく暇つぶし程度に覗くインターネットの世界に逃避できる間は、一番心が休まった。ただ隣に我が物顔で居座る弟がいつ動くのかと、内心びくびくはしている。本当の意味で休まることなど、この家にいる限りは絶対にありえないのかもしれない。やけに煩く聞こえるパソコンからの雑音をかき消してしまえるほど、自分の中では特に大きく響く弟の声が耳に届いた。あからさまに顔を歪めてしまおうかと逡巡して、それはそれで何をされるか分かったものではないのでやめておいた。
それでも、多少は顔に出てしまっていたらしい。
「怯えないでよ、別に俺悪いことしてるわけじゃないんだし」
過剰反応は命取りだ、なのにも関わらず今までの経験から、警報が脳内で鳴り響き痛みとなって刺激する。僅かに震えた掌が見えたのか勝手に掬われた指先が、まるで凍りついたかのように動かなくなってしまった。
そこに恐怖だけが残り、あとは皆遠くの彼方に消えてしまっていた。先ほどまでの一瞬の安息でさえも。
「今日は逃げないね」
「…逃げていいのかよ」
「だーめ」
まるで祈るかのように目を伏せ、掬い上げた指に唇を寄せる姿は確かに目を見張るほど美しいものなのだろう。弟の容姿は自分の凡人たるものとはまるで違い、人を魅了させるものだった。ただ今何を祈っているのか、これからそれがどういった風に自分に関係してくるのかを想像すると、寒気しか覚えないのは致し方ないことだろうと思う。次に奴の口内へとされるがままに引っ張られた指は、自分が一番嫌いな赤の生々しい感触を受ける。蹂躙されることに抵抗感がないわけではなく、しかし一心不乱に耐えなければならない状況が酷く気分が悪い。
一分一秒でも早く、事の終わりを願って瞼を下ろせば、その瞼に今度はざらりとした不快さを感じてつい喉の奥から小さく悲鳴が零れた。きっと満足気に弧を描く弟の口元は、そのうち自分の口元にへと降りてくる。
「兄貴好きだね、こういうの」
恍惚そうな肉声はふと突然トーンを落として、弟は呟いた。
「ずっとこのままでいいよ」
このまま、とはきっと自分の置かれている状態を指すのだろう。世に言う“引きこもり”というものになってしまったのも、元を辿れば全てこの男のせいだ。言い訳に弟を使いたくはないので、このことは親にも誰にも打ち明けていない。それに、望んでなった部分も少なからず存在する。外と関わるのは時折酷く面倒だ。社会と上手く折り合いをつけられない自分は不適合者となり、ワンルームという小さな城に立て篭もる。ここはなんでもとは言わないけれど、必要なものはそろっているから。あれもしたいこれもしたいと考えるのは、この男に欲を孕んだ目で見られるようになってからやめることにしたのだ。
「鳥籠に鳥飼ってる気分ってこんな感じかな」
「だとしたら最悪だな」
「兄貴は、ね」
残念ながら思考という二文字は、弟が鳥籠と形容したこの部屋ではそこら辺の屑ごみと変わらない。


(:20111016)
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