※陽介女体化
※魔術師コミュmax・9月直斗ダンジョン攻略中前提
あの日、進み続けている自分達の時間の中で、彼女の時間だけがぴったりと止まったままになってしまった。現実から上手く逃避することも出来ずいつまでも引きずって引きずって、それ故の停止。自分のことにはとことん疎い彼女自身はまだ気づいていないけれど、はたから見ると分かり易過ぎて困ってしまう。
こんなこと言ったら、彼女はどんな顔をするのだろうか。肯定するだろうかそれとも拒絶するだろうか。
どちらにせよなんの解決にもならないことは確かだ。
危うげな足取りで、軽快を装った陽介の後姿を見るのが辛くて、だから常に彼女より前を走ろうと躍起になるのだ。いつか自分の背にもたれかかってくれることを願って、やけに重たく感じる刀の柄を力強く握り締めて。仲間には何度も力が入り過ぎているのではないかと心配されたことはある。でも、そんなことに構ってさえいられないくらい今も目の前で彼女は追い詰められているんだ。目を背けてなかったことにしようなんて、自分にはできるはずもない。
荒れ狂う風は彼女の怒りの表れだろうか。いつまでも胸の一番深いところで燻って消えない、どろどろとした沈殿物のせいだろうか。興奮に目を輝かせているのは、復讐を正当化できるからだろうか。そんな自分自身に気づかないのは、彼女なりの自己防衛なのだろうか。霧散したシャドウを色のない瞳で見つめる陽介は、いったい今何を考えているのだろうか。一体自分は、彼女のどこにまで踏み込むことを許されているのだろうか。
疑問は尽きない。
だから、今日も自分を庇おうとする彼女にどうしてもやるせなさを覚えてしまう。
「―― 花村」
陽介の片頬を痛々しげに覆うガーゼの下には、先日のテレビの中での戦闘の跡が生々しく傷となって残っている。幸いそこまで大きなものでもなければ深いものでもなく、一生残ってしまうような痕もできないだろうという程度だ。ただ、一歩間違えればその傷がどうなっていたか、考えたくもない。
九月の下旬、テレビに放り込まれた六人目の被害者である白鐘直斗の捜索は、ダンジョン攻略も残すところあと少しといったところにまで差し迫っていた。シャドウ達の強さは階層を重ねるごとにそれに比例するかのように手強いものとなってゆき、苦戦を強いられながらも一歩ずつ確かに前に進んでいた。
そんな最中。
ほんの少しの油断だったと思う、霧濃い秘密基地の複雑な構造はシャドウの姿形を隠すのにももってこいの環境で、気づけば先手を取られてしまっていた自分に襲い掛かる二匹のシャドウ。
一匹目はなんとかかわすことができたけれど、後方から突進してきたもう一匹に上手く反応が出来なかった。
ざわりと胸のうちで騒ぐペルソナ達を召還する暇さえない、回避にも防御にも攻撃にも回れない一瞬に、唯一反応できたのは陽介のみだった。
スサノオからのものであろう突然の疾風に背中を前方に強く押され、それと同時に自分とシャドウの間に割って入った陽介の頬をシャドウの爪が掠めた。ぴっと飛び散る血飛沫を視界に捉えたとき、それまでうるさかった胸騒ぎが途端に静かになった。そこからはもう無意識のままペルソナを呼び出し、その業火でもってシャドウを焼き払った。
りせの賞賛の一声がかかってようやく我に返り、陽介の元へすぐさま駆けつける。敵からのアタックはそれほど大きなものではなかったが、頬に走っていた一筋の切り傷を見て自分の不甲斐なさに唇を噛んだ。
申し訳なさそうに見られるのを、陽介は酷く嫌う。まるで自分のせいだと言いたげな顔をするなと、あれから何度となく言われたのにも関わらず自分はつい顔を歪めてしまっていた。
ごめんと、多分聞き飽きられているであろう言葉しか出てこない自分の貧困過ぎるボキャブラリーが恨めしい。普段なら豊かな伝達力と知識に恵まれ流暢に動いてくれる口が、今は全くこれっぽっちも役には立たない。
「もう、俺のこと庇わないで」
血飛沫が舞う中で一瞬見えた陽介の瞳を思い出す。灯っていた炎の火がふと消えたような、冷たさを孕んだ鋭くそれでいて力の無い色。咄嗟に思ったのは、まるで死を見つめているようだということ。あの爪が次に彼女の肢体をずたずたに切り裂くことを、諦めるような、襲い掛かるであろう痛みを甘受しようとするような眼差し。
そんなのは、絶対に認めない。あのときシャドウに向けた確かな怒りは、もしかしたらそんな陽介にも向けられていたのかもしれない。いまだに想い人の後を追おうとばかりしている彼女に、こちらを少しも顧みない彼女に向かって。まるで幼子が自身を主張するために泣き喚く行為そのもののようだ。
でもどうしたって伝わらない。多分これから先も、陽介には響かない。
それがたまらなく悔しくて、少しだけ泣きたくなった。
「 お前が傷ついたら、みんなが悲しむだろ」
「そのみんなに、花村は含まれてるの」
口ごもる様子から簡単に答えを把握することが出来る。きっと陽介は、自身はいなくなるものだという前提で世界を考えている。彼女の休まる場所はここではないのだと、そう言われているのを痛切に感じた。
無理矢理にでも彼女の止まった時計の針を動かそうとするのは、自分勝手なことなのだろうか。
ただ隣にいてほしいだけなのに、自分はどうしても彼女を置き去りのままにしなければいけないのだろうか。
「頼むから俺を見てよ、陽介」
以前見た陽の色を、俺はまだその瞳の中に見つけられないでいる。
もしも陽介がおにゃのこだったら、小西先輩のことはコミュがmaxでも引きずりそうだなあという妄想の産物。あっ、この話での小西先輩は都合により♂となっております。尚紀くんとは兄弟。
ここまでで主花はなんだかシリアスばっかなんですがどうにかなりませんかね。
(:20111009)
(:20111205 加筆修正)