※波江♂×臨也♀


彼女から告げられた一生のお願いというやつは、あまりに呆気なくくだらないものだった。
「キスして」
肉の関係でもなんでもないただの上司部下の間柄にしか位置しない自分に対して挑発的でもなくただ必死に、一心に視線を送り言い放った彼女の泣き腫れた瞳は、いつもの深いルージュの色が少し濁っていて痛々しげだった。外は季節の変わり目の急な豪雨に見舞われ、きっとそんな中を駆け抜けてきたのであろう、濡れ鼠よろしくどこもかしこもびしょびしょな肢体。だからあれほど傘を持っていけと言ったのにと呆れ半分、自分の預かり知らぬ場所で何を吹き込まれたのかと溜め息を吐いた。
「そんなことより早く風呂入ったら?風邪引くよ」
「いい別に、構わない」
そっちが構わなくたってあとでとばっちりをいつも自分だということを自覚しているのだろうか。言ったって恐らく一ミリも届きはしない文句を心中で吐き出し、相変わらずつり上がった眉を上から見下ろした。
「波江」
懇願だなんて面白いくらい似合わない彼女の腕がとうとう自分に伸びてきて、そこでようやく一夜の我が侭に付き合ってやることにする。あくまで事務的に、少し色を失った唇に噛み付いた。体温を失っていたそこは思ったとおりひんやりとしていて、現実味のない感触が逆に現実感を叩きつけてくる。
「、…これで満足した」
「  うん」
途端にしおらしくなった様子がますます気味悪さを演出してたまらない。
巻き込みたいなら勝手に他所でやってくれ。
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