ふとした瞬間に残り香がふわりと鼻を掠めて、無意識のうちに眉にしわが寄ってしまう。指摘されればしまったというように顔を歪めて、またやってしまったと公開をする。冠葉から毎度漂う甘ったるくてむせ返るような香水特有のしつこい匂いが嫌いだ。多分ころころと鞍替えしている女の子達のものなんだろうけど、その匂いは本来彼女たちに元々ある優しげな暖かい匂いをかき消してしまう。陽毬なんかと比べるとそれが顕著に分かってしまう。
見せびらかすかのように匂わせる仕草もあまり好ましくはない考えている。魅力だと勘違いをしている彼女達が、たまに哀れに見えてしょうがない。口には出さないでいるが、なかなか分かり易い性格をしているのか冠葉にはそのことがすぐばれた。だからだろうか。
「兄貴、臭い」
「おお悪いな」
「それちっとも悪いと思ってないじゃん…」
苦言を呈すが気にした様子もなく、冠葉の視線は相変わらずテレビのバラエティ番組に向かうばかりだ。飄々としたその態度に若干の苛立ちを覚え、忘れようとしてその場を立った。そのまま台所へと足を向けて明日の弁当の準備を始める。
陽毬はすでに就寝し、今頃は穏やかな夢の中にその身を委ねていることだろう。妹の安らかな睡眠のためにも今あまり騒がしくなることは避けたい。あえて冠葉には強く出ず、自分が大人しく引き下がる方向を取った。
(多分、また違う子だ)
先週はまた少し違う匂いだった。今回のは前回より甘みが増しているような気がする、きつい刺すような匂いよりかは大分ましだがそれでも嫌なものは嫌なのだ。
(可哀想に)
純粋に憐れみの意を彼女達に向ける。もう何日もしたら、あの兄はまた他の女性へと対象を変えてしまうのだろう。いつもと同じようにその表情に彼女達が蕩けてしまうような笑みを浮かべ、容易に腰を抱かせる。想像がついてしまうのはこれがもう何度目かと問うのにも疲れるくらい繰り返されてきたことだから。
(陽毬がいなくてよかった。あんな匂い、嗅がせたくなんかない)
冠葉が帰宅したのは陽毬が寝付いてすぐのことだった。きっと冠葉も冠葉なりに陽毬を気遣ってやったことなのかもしれない。ああ見えて妹に恐ろしく過保護な人間だから、なんとなく察しがついた。
(僕はもう、慣れた)
文句のバリエーションもつき、ワンパターンな言葉しか言い放つことが出来なくなった。その度に都合よく耳を塞ぐ兄はいったい何がしたいのだろう。目的もなく貪り食う後姿がたまに滑稽に見えて仕方がない。それ以上に、諦めながらもいちいち気にしてしまう自分もまた馬鹿馬鹿しくてたまらない。
「難しいこと考えてるな」
視界を覆うように掌が被さるのと同時に、冠葉の声が頭上から降り注いできた。
「恋でもしたか」
からかうような声音にむっとしたが言い返すことができなかった。兄の、冠葉の掌が何故かやけに冷たくて驚き、上手く言葉を発せなかったからだ。
「お、これは図星か?」
「違います。ていうか、離せよ兄貴」
「やーだね」
じゃれつきたいのかそれとも他の意味をそこに込めているのか定かではないけれど、くしゃくしゃと髪を掻き回す手に妙に力が入っていることや、それまで視界を覆っていたはずのいつの間にか首に回っていた腕の強さとか、なんとなく気にしたくないような気がした。
後ろでは、やけに響くテレビからの笑い声だけが鎮座している。


(:20111003)
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