朝の妙にしんとした、清々しいくらいに透き通る空気を吸い込んで歩く。傍らに少女を連れて、向かう先は第六学区にある遊園地。そんなところに行ったってこんな時間に開いているわけがなく、それでも彼女は行きたいとねだった。
目の前にテレビのCMで度々見かける観覧車とやらが見えてくると、打ち止めは自分と繋いでいた手を離すと、軽やかに進めていた歩みを少し早め、そしてそのまま自分の前へと立ち塞がる。それまで硬く閉じていた口をゆっくりと開いて言った。
「ヨミカワがね、今度ここに遊びに行こうって言ってくれたのってミサカはミサカはつい先日のことをあなたに話してみる」
「良かったじゃねェか」
「うん。ミサカは思えば一度もこうやって外の世界で羽を広げて遊んだことがないから、ヨミカワがそう行ってくれた時はすごく嬉しかったのってミサカはミサカは肯定してみる。…でもね、」
言いよどむ彼女に疑問を抱く。普通ならばわき目も振らずに喜ぶはずなのに、その姿を見せない。性格上そういった感情を隠せるはずもないのに、本音は嬉しくて嬉しくて乱舞してしまいそうなのは決まっているのに、不思議と見せない。
くるりと半回転した打ち止めの体は、遊園地の方向を向く。
「これが普通ってことなんだって改めて考えてみたらね、すごく、すごく怖くなったのってミサカはミサカは心中を吐露してみる」
か細く、聞き取りづらいほどには小さな音量で告げられた彼女の告白は、しかしこの静けさの中では十分過ぎるほどに響いた。
「また、あなたがミサカの傍からいなくなっちゃうのかなって考えたらね、ちょっと怖くて、素直に喜べなかったのってミサカはミサカはらしくない不安に苦笑してみる」
打ち止めの顔だけが、こちらに振り向く。少女の眉が困ったように下げられるのを見て、なんでかとても悔しく感じてしまった。そんな顔を作って欲しくないから、自分は必死にこれまで彼女の周りを囲むもの全てを守り、そしてまた彼女自身を守ってきていたというのに。なんてことない不安一つでそれまでの努力を水の泡にしてしまうような自分に、失望した。
でも彼女の気持ちが分からないわけではない。その悩みは自分自身もまた、抱えて生きていたものだったから。
打ち止めは続ける。
「上手く誤魔化せたかは分からないけど、でも精一杯ヨミカワたちに心配されないように取り繕って、遊園地はまだ先送りにしてもらったの。もうちょっとだけ、あなたがちゃんと近くにいるってことを確認したいからって、ミサカはミサカは自身の考えを打ち明けてみる」
最後は笑って、なんてことないというような仕草を見せる。最近の打ち止めは何かとそうだ、悪い癖だと思う。だがそれをさせてしまっているのは自分のせいで、それを正すのもまた自分の責任だ。そうやって一つずつ彼女の隣で、良い事も悪い事も教えていくのが自分に課せられた役目だ。だから言う。
「どこにも行かねェよ」
「そうかな、あなたはいつもふらふらどこかに飛んで行っちゃうからってミサカはミサカは疑り深い視線を送ってみる」
「オマエが行くなって言う内は、どこにも行かねェ」
「約束してくれるの?」
「あァ、何度でも約束してやる」
「…なら、指きりげんまんしなきゃねってミサカはミサカは小指を立ててみる」
自分に向けられる彼女の小さな小指に、自分の小指を絡めて、彼女の歌う歌と共にその約束は交わされる。
最後その二本の小指が離れる瞬間まで、彼女の真っ直ぐな視線は自分に注がれる。絶対と、口に出してしまえば軽く聞こえてしまうけれど、音に出さなければそれは強固な契りとなり二人の間で永遠に結ばれる。
今はただ、無心でその小指を絡めるだけだった。
(:20110820)