押し倒した自分より大きなこの四肢を睨みつけて首筋に噛み付いた。何がしたかったのか、自分でもさっぱりなことに気づいてはいる。しかしまあそれでもこの男があまりに気に入らなかった結果には間違いはない。
無表情の瞳がそこを退けと訴えてくる。それでも尚、抵抗するように握り締めたワイシャツの裾。ぐっと拳に力を入れて、少しだけ緩んだ涙腺に渇を入れる。
「いくじなし」
唇を噛み締めていた力をそっと抜き、溜め込んでいた息を吐き出しつつ言う。気丈に振る舞い堪える涙。
むっと僅かに顰められた眉を見て、ああよかったと安堵する。
「シズちゃんのいくじなし」
「何が言いてぇんだ手前は」
「シズちゃんのあほ」
「おい」
「シズちゃんの、……シズちゃんのばか」
馬乗りの姿勢のまま、ぽつりぽつりと溢す罵倒はあまりに弱弱しい。これが本当にあの折原臨也なのかと、今なら疑われても仕方がないだろう。これでも俺は目の前にいる奴とは違い人間なのだ。
こうやってセンチメンタルな感情の一面を持っていたってなんら可笑しくはない。可笑しいのは、間違っているのは全部こいつなのだから。
「もう少しさあ、男らしさってもの見せてみたら?」
「……うぜえ」
「結構。いい加減俺も遠慮なんてできないからさ。そもそも、君は俺をなんだと思ってるの」
「ノミ蟲」
「違うから。それと、そういうことが聞きたいんじゃ、ない」
だんだんと緩んできた涙腺にまた力を入れる。どうしてもここで泣き出すわけにはいかない。こんなところで泣いてしまえば、今までやってきたこと全てがおじゃんになってしまうのだから。
全身に力を入れて、普段の自分を装って。
「……そこ、退け」
「やだ。絶対に、動かない」
「退け」
「やだ」
「臨也」
「や、だ」
あ、駄目だ。そう脳裏に言葉が浮かんだ瞬間、ワインレッドの眼からぼろぼろと子供のように涙の粒が落ち始めた。
「っ、」
止まることを知らない、やけに塩辛い水は奴の服へと吸収されていき、やがて少しずつ広がるように濡らした。
いつの間にか仰向けの状態から起き上がっていたのか、大きな掌が頬を頬を包む。そのまま上を向かされ視線と視線が合ったとき、おもむろに奴は喋りだした。
「我が儘」
「で、いいも、ん……」
「あほか、お前」
「あほで、いいもん……」
「そうかよ」
「シズちゃんの、ばか……しんじゃえ……」
「死なねえよ。お前がまた煩いじゃねえか」
「ちょうしのるな」
「事実じゃねえか」
「……」
「おら」
服の袖で乱暴に目元を拭われて涙が止まる。そっと慈しむ様な体温が心地よくて、本音が出そうになってしまうのを堪えた。
「いくじなしは手前じゃねぇか」
「うるさいばか」
「ああ? 手前にだけは言われたくねえ」
「……何も手出して来ないくせに」
「出してほしいのかよ」
「はあ?!」
「だって、そういうことだろ?」
掬い上げられた指先にそっと落ちる口づけ一つ様になっているのが悔しい。だんだん絆されてきている自分を認めたくなくてついつい憎まれ口を叩いてしまう。
でも、こんな状況でそうも言っていられないというかできそうには、ない。
「で、どうなんだよ」
「……出せよ、ばか」
「言ったな?」
「なに……なんか文句あんの……」
「全然」
楽しそうなにやけ顔がどうしても気に入らなくて、拳振り上げて鳩尾にひとつ。
意味がないなんて分かってるけど。


(:20120801 加筆修正)
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