※臨也女体化


こんな俺でも目の前のこの人を孕ませることができるんだと、漠然と頭の中で自覚した。その腕力をもって強く床へと押し倒し、押さえつけた腕は細く、まだ熟しきれていない俺なんかの粗末な力でも簡単に折ることができてしまうんではないかと錯覚できるほどで、それはとても脆弱に映った。
自覚してからというものの、俺は折原臨也に会えなくなってしまった。何故だか、会ってはいけないような気がした。何でだろうか、ただなんとなくそんな気がしたのだ。まあ多分ただの思い込みだとは思うのだが。なんというか、思春期というのは非常にややこしいものだと、改めて感じた。
「正臣、くん…?」
だから今日この人に出会ってしまったのは、偶然の産物だと言わせていただきたい。たった一週間会わなかっただけなのに、女性だというにしても細過ぎる体つきがよく目に焼きついた。でもそれ以上に、俺は彼女の頬や切り裂かれた服から覗く細い腕が、固まり始めた血や青痣で酷いことになっているのに、どうしようもなく怒りを覚えた。後になって思い返してみれば、あれは一種の嫉妬心のようなものだったのかもしれない。
「あんた、何でそんなに…」
「ちょっと仕事でしくじっただけだよ。別に、深い意味はないから」
じゃあ、と素っ気なく言い放って、逃げるように自分の横をすり抜けようとしている彼女を思わず捕まえた。特に深い意味をその時はまだ持っていなかったのだが、というか自覚していなかったのだが、なんとなく本能的なものが捕まえなければと言ったような気がした。思いきり腕を掴んで引き留めたのが傷口を広げてしまったのか、彼女の顔が苦痛に色に歪む。ああやってしまった。
「離して」
やけに尖った声音。いつもなら飄々と笑って事なき終える彼女の表情が、今日はやけに余裕がないように見えた。きっ、と吊り上げられた眉を見れば、非難の意を前面で表すかのようでらしくない。美人は怒っていても綺麗だとはいうのだが、はたしてこの人の場合はどうなのだろうか。一般的に美人の類に含まれるこの人は、自分の視点からはその決断を下すことはできない。
「誰に、やられたんすか」
「関係ないよ。それより正臣くん、こんなところで油売ってたら駄目なんじゃない?大嫌いな俺といるの忘れてる?」
「はぐらかさないでくださいよ、こんなにぼろぼろで…。臨也さん、今日は特に余裕が無いみたいですね」
「っ、」
図星だったのか、彼女は微かに表情を強張らせた。かく言う自分は顔に無表情を貼り付けて、誰から付けられたのか分からない無数の傷痕を目で追う。むかつく、憎悪と怒りと、とにかく黒くて歪んだ感情が次から次へと胸のうちからぼこぼこと沸き上がってくる。
やり場のない怒りが受け皿から零れ出したかのか、気づけば衝動的に、彼女の痛々しい傷痕の数々に舌を這わせていた。
痛みによる呻き声を必死に抑えようと下唇を噛んで耐える仕草。ああそういえばと、その状況下においてはあまりにも不自然な程唐突に思い出す。あの時もこうやって痛みを堪えていた。虚勢を張るように、誤魔化すように。男性と女性とを隔てる絶対的な壁から、目を背けるように。ああなんだと、ふいに納得がいった。目の前の彼女が一番嫌うものの形が、今はっきりと見えた。
「あんたは、弱いよ」
傷痕から唇を離し、ぽつりと一言静かに告げる。多分真実で、多分誤魔化しようのない事実。恐らく、折原臨也という生き物が一番自覚したくはないであろうこと。
「…ちょっと人の弱みが見えたからって、それで自分が優位に立ってるとでも思っちゃってるのかな?君、本当に馬鹿だよねえ。それすら俺は愛しいと思うけど、生憎生意気なのは一番嫌いなんだ」
「えらく饒舌じゃないっすか。もしかして、図星ですか?」
風を斬るわずかな音と、頬を掠めた銀色の凶器。怖くなんてない、その動作で心臓が止まるかと思うことなんて、今は一瞬たりともない。首元に突きつけられたバタフライナイフの無機質な冷たさを感じながら、自分はなお言葉を続けた。彼女を諭すような台詞が、自分には不恰好に聞こえた。
「俺も一応男なんで、あんたよりは断然力はある方だと自負してますよ」
「だから何?陵辱でもしようっての?」
「これが他の奴だったらどうするんですか」
「どうもしないよ、邪魔なら退かすだけ」
「退かせてないじゃないっすか」
「…揚げ足取りで精一杯なの?」
「そうじゃないってなんで分からないんですか」
嫌がると知っていてもこの際関係ないと一蹴して、彼女に詰め寄った。あともうちょっとで追い抜きそうな目線が距離を表しているようで腹立たしい。そんなものあったってなんの牽制にもならないってことを、教えてやりたい。
「俺の知らないとこで、勝手に傷作って泣きそうにならないでください」
彼女の頬を両手で包む。零れ落ちそうな瞳の下いっぱいに溜めた涙を零すまいと必死に耐えている表情が、どうしようもなく庇護欲を掻き立てられる。ただの同情か純粋な想いかははっきりと答えは出ないが、せめてもの慈しみの意味をこめて、額に小さな口付けを落とす。
「なあ、俺にあんたを守らせてくださいよ」
煩いはずの雑踏が不思議と耳に残らない。路地裏の静けさは恐怖を覚えるほどで、小さく見えた彼女を抱きしめることでことで拭い去れるかは、今の俺には見当もつかなかった。


(:20110824 加筆修正)
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