その日は珍しく、野暮用で半日程家を空けることになった。要件は然程大したことではなかったのだが予想以上に時間だけがかかり、帰宅する頃の外の様子はすっかり夜の景色へと様変わりしていた。特に帰りを待つ家族や恋人などもいなく、時間がかかったことに対して気にもかけず帰途に着く。そして自宅のオートロックをはずして部屋に入り、寝室の扉を開けたときだった。


滅多にない光景を目の当たりにした。
見慣れた黒ずくめの下に隠れていた白磁の肌や、成人男性にしては少し不健康な程に細すぎる四肢がベッドに投げ出され、すーすーと寝息をたてる男。
鍵なんか渡したかと少し前の記憶を掘り出してみれば、そういえばないと不便だろうとからかい半分に自分が押し付けたことを思い出す。それが悔しかったのかどうなのかは知らないが、今まで頑なに使わなかった合鍵はフローリングの隅に放り投げてあるままだった。奴の葛藤を少しだけ想像して笑いが零れる。
それにしても仮にも人の家だというのに、よくここまで気持ち良さそうに熟睡しているものだ、寝顔をちらりと覗き込み思う。いつも奴の家を訪れる(お前のは訪れるというよりも乗り込んでくる方だと反論されそうだが)時は寝ていても気配だけ敏感に読み取り、絶対に起きてしまう癖に。相当疲れていたのか、はたまたただ単にここが深い眠りにつける程安心するのか。後者だったのならもっとべたべたに甘やかしてやるものを、変な虚勢を張る奴には無理かと諦観混じりの溜め息を吐く。
スプリングの軋む音がするベッドに手をつき、覆い被さるような体勢をとる。吐息が顔にかかるぐらいぐっと距離を近づける。
やけに整ったパーツ、黙っていれば好青年なのにそれを台無しにするほどの性格。思い出して吹きそうになるのを堪え、未だに眠り続けるお騒がせものな唇に自分の唇を重ねた。
伝染する柔らかな体温。舌でも絡めてやろうかと思ったがやめておいた。
「狸寝入りは良くないな、折原」
揶揄するような口調で言えば仄かに朱が差す白い頬。いつの間にか開いていた瞼から見える石榴色の瞳。
「……悪趣味な奴だな、寝込みを襲うなんて」
「他人の領域で無防備になる奴の台詞ではないな」
「どうせ最初から起きてたのは分かってたんだろう」
「いや? 気付いたのはいまさっきさ」
目の前の男が、嫌いな野郎の陣地で暢気に爆睡できるほど図太い神経は持ち合わせていないことは知っていた。微妙な違和感がその事実を掘り起こし、そこでこの演技に乗ってやろうと思ったのだ。
写真でも撮って新たな弱味にしてやろうかとも考えたがやめておいた。
「滅多にないチャンスだから乗ってやろうと思ったんだが、想像以上に乗せられてしまってな」
絹のような手触りの黒髪に手を伸ばし軽く梳く。どう感じたかは分からないがそれで目を細めた奴の仕草を見る限りは、そこまで不快には思わなかったのだろう。
「ああ、そうか」
わざとらしく気づいたような声をあげる。怪訝な瞳で見つめられながらゆっくりと耳元で囁いた。
「襲って欲しかったのか」
上手く言われたことが飲み込めなかったのか、数秒の空白を置いた後折原の表情は赤くなったり青くなったりと見ものだった。
「違うのか?」
「本当お前死ねばいいのに」
「丁重にお断りするよ」
額に口付けたら思い切り嫌な顔をされたが、まあ抵抗しないところ自惚れてもいいのかと勝手に自己完結をする。
素直でないというのも考えものだが、俺はこれで奴が嫌いではないので放っておくことにした。


(:20130730 加筆修正)
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