溢れた水が、どっと勢いをつけて零れ出す。ばしゃばしゃこれでもかと音をたてて、グラスの縁からまるで洪水のように。机が水浸しになるのもいとわず、俺はただ水を溢れさせ続けた。法則に抗えないそれはただ無情に流れていく。
溢れ出した水でついに部屋という箱は満たされる。息ができない。呼吸は泡沫となる。ごぽごぽ、ごぽごぽ。音にならない、空気だけが溶けていく。
苦しい、それは水の中だから。
「  、んっ」
誰かが息を吹き込んだ。俺はそれまでの息苦しさから逃れられた。与えられた酸素は体内を巡り、俺を動かす。
「やあ、おはよう。ずいぶん魘されていたようだが、何か嫌な夢でも見たか?」
「……さあ、」
息苦しさはあっさりとなくなった。だけどもここは相変わらずの水の中、行き場のない空気が漂う。
気泡は見えない。そのうちまた、呼吸の仕方を忘れる。忘れれば、またああやって溺れるのだろう。ろくにもがくこともできずに。
「……何もしてこないんだな」
「そんなお前を見ればな」
「じゃあキスするな」
「減るものでもないだろ?今更だ」
「……お前、やっぱり気に食わない」
「嬉しいな、お前に言ってもらえるとは。褒め言葉だよ」
「うるさい黙れ」
水の中が慌ただしくなる。水は今も相変わらず溢れる。そのうち、この部屋からも溢れ出して世界を満たす。
「拗ねてるのか」
「──死ね、」
酸素が見えない、きっともう泳げはしないだろう。水の中、絡めとられていたように動かない四肢が呪縛から解放されるのはいつだろう。
「寂しがり屋は相変わらずだな」
無色透明の泡を飲み込む。くだらない茶番は終わりだ。


(:20110828 加筆修正)
(:20121223 加筆修正)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -