夜から剥離されたかのように、音の無い場所に吐き出されたままの自分は何もできず、ただ来るかも分からない迎えを待ちながら、静かにこの冬の寒さを感じていた。
今年は早々から冷え込み、自分も何度体を震わせたことか。そんなとりとめのない、本当にちょっとしたどうでもいいことが頭に浮かんでは消え浮かんでは消え、繰り返す過程の中でそれは現れた。
見た限りでは何やら少し暗く重い雰囲気を纏い、いかにも何かありましたと言わんばかりの表情。気にするのはとても面倒臭いことなのだが、しないわけにもいかないといった自分の思考に嘆息する。
ああ、どうやって聞き出そうか。
「なんかあった?」
ストレートに問いかけてみると、突然現れた自分に特に何も反応を示さず、しかし思いの外素直なようで、奴はこくりと首を上下に動かした。
ただ、何があったかは一言も喋りはしない。さて、ここからどうするか。
とりあえず触れてみた。
(……反応あり)
分かるか分からないか非常に曖昧な、だからこそ自分は気づかなければならないほどの反応を見せた奴は、よりいっそうその鬱陶しい空気を募らせる。
眉に皺が寄るのは確かだった。
「なんか喋ったら?」
咎めるように声をかけてもなお、奴の周りに漂っているものは消えないので、若干苛立ちを覚えながらその男に近づく。
元は人間たちと似たようなものなのに、こいつにはそれが通じないようで、いくら自分に応用力があると言えどそれすらも不思議なことになんの役にもたちはさない。興味深いという範囲を超越している、むしろ興味深すぎて面倒臭くなってきている、そんな男だ。
だから目の前に相対する奴がどんなアクションを起こそうとするのか、常識が通じない状況では予測できるはずもない。
それでもなんとか多くの修羅場を乗り越えてこれたのは、自分の経験が豊富だったことの賜物だろう。人間とは素晴らしいものだ。
(そんなこといつまでも言ってられる場合じゃないんだけどね)
突如ずるずるとしゃがみこんだ奴を見下ろす。夜に隠されて、その表情はまったく伺えない。
木枯らしが横をすり抜けて、少し体を縮まらせた。確か今晩はかなり冷え込むと聞いた、こんな服装で長時間外にいるのはさすがに辛い。
では、こいつをほっておいて新宿に帰るか?
恐らく答えはノーだろう。
「シズちゃん」
目線を合わせるように、自分もそこにしゃがみこむ。漏れる息の白さが、心身が冷え始めていることを痛感させるようだ。
手を伸ばし、きっと冷たくなってしまっているであろう頬にもう一度触れようとする。やはり、冷たい。
「帰ろう」
どこに、とは聞かれないし自分も言わない。ただその一言を伝えたら、男の首は肯定を表すように上下に動かされるだけ。
何も喋らなくても今はいいかなどと思った。
立ち上がった先に見える夜空は、相変わらず憎らしいほど輝き続けていた。


(:20120516 加筆修正)
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