「お邪魔しま、うっ、酒臭い……!」

 年の瀬も迫った夜、松野家を訪れた私は部屋に入るなり鼻をついたアルコールのにおいに顔を顰めた。床には空の酒瓶が数本転がっている。ビールや日本酒、焼酎など酒の種類は様々だが乱雑に散らかった部屋はまさに野郎共の酒盛りといった様相を呈していた。
 ついでに言うとその野郎共も酒瓶同様、床に転がっていた。酒は好きだが決して強いわけではない彼ら。一様に酔い潰れて鼻ちょうちんでも膨らませそうな様子で、思い思いの体勢を取り床に寝っ転がってぐうすか眠っている。呑気なものである。

「呼び出しといて全員寝てるってどういうこと」

 ぽつりと呟いてみたが誰も起きる気配は無かった。
 30分程前、夕飯と風呂を早めに済ませて家でくつろいでいたら突然携帯が鳴って、液晶を見ればトド松の名前。通話ボタンを押すなり6人で口々に「酒買ってうちに来い」「つまみも」「するめがいい」「チー鱈も」「サラミ」「ぼうねんかい!」と喚かれ一方的に電話を切られた時はどうしようかと思った。
 そもそも忘年会というのは一年間勤労に励んだ人間がその年の慰労を目的として集まる行事であって、年中無休で休日満喫中のお前たちに年忘れの権利は無い。忘れるな何も。一年の怠惰をきちんと胸に刻んで反省し就職活動をしろ。……と言うついでにつまみと酒を持って出向いてやろうと決めたのが 15分前。
 寝間着のスウェットの上にコートを羽織っただけの格好で外へ出た私はコンビニで適当に買い込んだものを提げ、松野家の戸を叩く。そして六つ子たちの母親松代さんになんだか少し申し訳無さそうに出迎えられ、今に至るのである。

「ごめんなさいねぇこの子たちったら寝ちゃって。あ、梨あるけど食べる?」
「あっ、いえ、お構い無く……遅くにすみません」

 幼い頃の記憶に比べると幾分目尻に皺を増やした松代さんは布団なら客間の押し入れに……と言い掛けて、知ってるわよね、とからから笑った。この家に泊めてもらった回数は数え切れないほど。勝手は良く分かっていた。夫妻の部屋へ戻っていく松代さんにぺこりと頭を下げる。

「……」

 さて。来たはいいが一人でどうしたものか。帰ろうかとも考えたが夜も深まってきてどんどん気温が下がってきている。この寒い中をまた歩いて帰るのは億劫だった。
 丸まったりうつ伏せだったり仰向けだったりパンツの中に手を突っ込んでいたりと実に様々な寝相の彼らを踏まないようにして部屋の真ん中あたりまで行き、適当な場所に座る。提げてきた袋から缶チューハイを取り出してプルタブを起こした。誰か起きるまでのんびり一人で酒盛りでもしよう。眠くなったらここでみんなと雑魚寝すればいいや。

「……さむ」

 暖房もつけていない部屋はいくら閉め切っているとはいえ寒かった(12月末だ、当たり前と言えば当たり前である)。平気で寝ている六つ子たちは元々寒さに強いのか、酒で感覚が麻痺しているのか。風邪引かないかなぁ(誰も起きなかったら一箇所に集めて布団掛けてあげよう)。
 私も酔えば寒くなくなるかと思ったが冷えた酒を飲めば当然寒さは助長される。一度脱いだ上着を羽織ってみたがやっぱり寒い。さむいさむいさむい、どうしよう。勝手に暖房をつけるわけにもいかないし。誰かにひっつかせてもらおうかな。

 ……おお、あったかいかも。

 一番近くで横向きに丸まって眠っていた者のお腹のところへすっぽり収まってみた。泥酔して体温が上がっているのだろう、その身体はまるで大きな湯たんぽみたいで、少しばかり寒さが緩和する。うん、わるくない。彼のお腹も冷えなくて一石二鳥だ。一体なに松なのか分からないが。
 服装・話し方・表情という数少ないヒントを奪われた状態……つまりお揃いの寝間着姿で寝ているとさすがに同じ顔の六つ子を判別するのは難しかった。赤くなった顔ですうすうと寝息を立てる横顔を見つめながら、柔らかそうな頬を軽くつついてみる。

「ん……ああ、なまえ……?」

 規則正しく生え揃った睫毛が小さく震えて持ち上げられた。部屋の明かりが眩しいのか、目を開けづらそうにしながらこちらを見る。そして数秒かけて合わなかった焦点を私に合わせると、寝起きのやや掠れた声で不思議そうに私の名を呼んだ。

「あ、ごめん、起こした」
「どうした〜?」

 寝起きと泥酔とでへにゃーっとした笑顔を浮かべてこちらを見上げてくる顔は最高に締まりが無い。お腹のところで小さく縮こまっている私の真意が掴めなかったのかきょとんとしていたので、寒かったから、と言えばそうかぁ俺は暑いけどな、と何が楽しいのかやけににこにことした様子(ああ、このふにゃふにゃの笑顔はたぶんおそ松だ)。

「まださむいか?」
「まあ……」

 やや呂律の回らない間延びした声で聞かれて頷けば、彼は身体を起こし、アルコールで蕩けた笑顔のまま私を抱き締めてきた。酒気を帯びた彼の吐息に混ざって洗剤と石鹸の匂いがふわりと鼻腔に満ちる。

「もっとひっつけばあったかいぞ」
「ちょ、お、おそ松、」
「からまつ」
「え」
「カラ松だ」

 ……久しぶりに間違えた。だってカラ松はいつもキザでカッコツケで鬱陶しくてイタくって、こんな風にふにゃふにゃ笑ったり、抱きついてきたり、……ああ、えっと、ああもう、頭が回らなくなってきた。あったかい。あったかいからなんかもう何でもいいか。いやよくないね。なに?オーマイリトルガールあたためてあげようって?やかましいわ!あっちょっと顔近い、

「カラ松、」

 優しく抱擁されている状況がどんどん恥ずかしくなってきて何を話せばいいのかも分からなくなってしまった私は苦し紛れに、

「お……尾崎豊歌って」
「! いいのか?」
「……今日だけね」
 
 嬉々として歌いはじめたI LOVE YOUに今日だけは鳥肌が立たなかったのも、互いに耳の端まで真っ赤だったのも全部アルコールのせいに違いないのだ。


どうかもう少し
だけ眠ったまま

(151126)



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